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曹操にとっての転機が訪れた。董卓が呂布と王允のクーデターによって倒されたが、王允たちがすぐに董卓の部下だった李確らによって倒されてしまった。献帝は長安から逃げ出した。もういやになったのだろう。当時の長安は董卓以来、処刑がたくさん行われたせいで血なまぐさい都市と化していたらしいし、食料もろくにあたえられてなかった。洛陽への逃避行は1年くらいの時間がかかった。しかし、洛陽は董卓が捨てた時に火をつけられた以降、まったくの廃墟になっていた。献帝は洛陽がこんな状態であることを予想できなかったのだろうか?当時幼かったゆえか、もしくは董卓が献帝が洛陽から離れてから火をつけて、その後に洛陽がこうなったと言うことを口止めしていたのかもしれない。献帝はしょうがなく、どこかの群雄に援助を求めることにした。袁紹の場合はもはや帝に力はなく奉戴しても意味はないと考えた。他の群雄もそう思っていた。しかし、曹操だけは違った。帝が実質的に形だけでも、世の中が漢王朝を認める限り、その王朝の天命が尽きない限りはそれを守ることは『正義』である。さらに帝を奉戴している限り、自分の軍勢は官軍ということになり、自分に逆らうものは逆賊ということになる。これにより、曹操はもはや天下の人すべてが知る存在となった。 |

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