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猫と薔薇、演劇、旅ファン
安富歩「誰が星の王子様を殺したのか」やっと星の王子様がわかった。

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多分初めて生のミュージカル鑑賞はこのジーザスでした。

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ロンドンの劇場のパンフ。





劇団四季の山口・市村。野村、その後、ロンドンでも鑑賞、映画版もテレビ鑑賞。

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この踊りだしたくなるような、心躍る音楽、そして哀しいお話、
初演当時はキリスト教徒から批判があったそうですが。

最後は弟子や民衆からも見捨てられるジーザス。

昨日テレビ鑑賞した舞台は2人の主役がアフリカ系、

アジア系と思しき俳優も。
この舞台では壁画をバックに観客もジーザスに熱狂する民衆になり迫力満点。

最期は泣けそう


ジーザス・クライスト・スーパースター Live in Concert

WOWOWより

イエス・キリストの最後の7日間を鮮烈なロックミュージックで綴るロック・オペラ。キリスト役でステージデビューを果たしたグラミー賞常連のジョン・レジェンドに注目。
アンドリュー・ロイド=ウェバーが作曲、ティム・ライスが作詞し、1971年にブロードウェイで初演され大成功を収めたロック・オペラの金字塔。演出は、『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』で映画監督デビューしたデヴィッド・ルヴォーが務める。ジョン・レジェンドに加え、マグダラのマリア役のサラ・バレリス、ヘロデ王役のアリス・クーパーというグラミー賞の常連やブロードウェイのベテラン俳優も出演する。ロック・ミュージックで綴られる貫禄のパフォーマンス、ライブ感満載のステージ

「母と暮せば」舞台版

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衛星劇場で本作を鑑賞しました。
映画版と違う結末、被爆者を実験材料とする米国の非情さが真に迫ります。
2人芝居で町子も出ません。
脚本も演者もよかった。映画も観ましたが。

「父と暮せば」も私は映画版より舞台版が好きです。

独りぼっちになった母に亡き息子が

「誰が独りぼっちか。
ずっと母さんのそばで見守っている、父さんも兄さんもおばあちゃんも…」

子供を失った哀しみに加えて、自分自身も被爆の症状が出てきて…




井上ひさしの思いを継ぎ、山田洋次監督が製作した映画『母と暮せば』が2018年秋、舞台化する。井上ひさし作品を中心とした演劇活動を続ける劇団こまつ座の「戦後“命”の三部作」の第三弾という位置づけ。こまつ座で『木の上の軍隊』(蓬莱竜太作)の演出も担った栗山民也が演出を手掛け、劇団「渡辺源四郎商店」主宰で青森を拠点に活動する劇作家・畑澤聖悟が脚本を担当する。
7月28日に行われた製作発表では、出演者の富田靖子松下洸平、脚本の畑澤が登壇した。会見の模様をお伝えする。
まず、『母と暮せば』が誕生する経緯を振り返りたい。

井上ひさしが上演し続けて欲しいと願った作品の一つが、1948年のヒロシマでの父娘の物語『父と暮せば』だった。生き残ったことに罪悪感を抱きながらひっそりと暮らす娘の元に、原爆で死んだはずの父が現れて娘の恋を応援するという二人芝居だ。
井上は新作として沖縄、長崎を舞台にした作品も書く予定だったが、構想途中のまま2010年4月にこの世を去った。その遺志を継いで、新たな作品づくりが進められた。
13年には、オキナワの「今」を見つめた『木の上の軍隊』(蓬莱竜太作)を発表。16年にはこまつ座公演として再演を果たす。
15年には、井上ひさしが長年願った『父と暮せば』の対になる作品を残すという構想を受け継ぎ、山田洋次監督が映画『母と暮せば』を製作した。長崎で被爆した母と亡き息子の幽霊の交流を綴った作品だ。その映画の流れをくみながら、舞台『父と暮せば』、『木の上の軍隊』に次ぐ、こまつ座「戦後“命”の三部作」第三弾として、今回の舞台が作られている。




95年版ですが全部見られます、何より音楽が素晴らしいので。私が好きなアダム・クーパー主演、映画「リトルダンサー」のモデルです。ミュージカルにもなりました。炭鉱問題や男の子がバレエするのに偏見があった時代。

1995年、マシューボーンが「白鳥の湖」を新演出、白鳥が男性!
最後は瀕死の白鳥?
英国王室への皮肉がきいていて、好き。
アダムクーパーのこの舞台をTV鑑賞し衝撃受けました。

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その後、首藤さん主演の「スワンレイク」が名古屋に来てくれたに見逃しました(T-T)💦
アダムクーパーはあの感動的な映画、ミュージカルになったリトルダンサーのモデルで彼の「危険な関係」は観ました。
「リトルダンサー」は英国の炭鉱の社会問題や男の子がバレエすると偏見がある状況を描いています。

今回15年ぶりに?プロのバレエ観ました、ど迫力、目が離せない。
特に2幕は😱泣けそうになるぐらい、スワン同士のバトルがすざまじい、
女性スワンの優雅なバレエとは別世界
女王は舞踏会で一人だけ真っ赤な👗ドレス、ホンボウそうにみえた、王子のガールフレンドが可哀想にみえるぐらい。
これだけでも女王がわかる、その母である女王に拒絶される孤独な王子
女性のダンス、演技も素晴らしい、
チョコレート色のスワンや女性ダンサーもいて、身体能力の高いこと。オーチャドホールもわいてました。
キラキラついてる黒ティシャツ欲しい気もしましたが凄い人だかりで断念しました。
HMのバーゲン、339円のブラウス売ってました、
ジュイ布のワンピはブルーしかなく、やめておきました。

今朝10時に歌舞伎座に行ってみたら、案の定、一幕見に凄い行列、気合い不足、まあ、二日も遊んでしまいましたから、暫くは大人しくします。帰宅途中です。
雨にふられることもなく、曇りながら行きも帰りも富士山もみられラッキーでした。(^人^)

化粧2題

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7月はめちゃめちゃ散財してますがどれも観て良かった、見逃したら公開するような作品ばかりでした。
友人にも困った人と言われるので内緒。
1時間半の休憩なしの舞台。

2人は本当はつながりはない。

「瞼の土俵入り」の内野さん、かっこいい〜

9月の豊橋公演「最貧前線」買いそびれたけど、当日券に並ぶべきか、
動物園に行きながら(;´д`)トホホ
テレビ放送してくれないでしょうか。
内野・風間俊介・ベンガルなどの出演

宮崎駿作品で「平和がなによりだ〜」という舞台だから。

豊橋、いい作品出します。☟



昔は金返せというような歌えないアイドルのミュージカルや長いだけの新劇もありました。

「化粧」は一人芝居。

渡辺美佐子野「化粧」はテレビ鑑賞だったのか、最後の狂気の場面覚えています。声もあの雰囲気も好きす。よくこの作品にあっていました。

今回は有森也実とはもろ肌脱ぐ女座長をよくやろうと思いましたね。

内野はミュージカルエリザベートに出たくらいなのでこの芝居でもちょっと歌ってくれてうれしかったです。
ぴったりでやはり舞台で輝く人ですね。
彼の生の舞台ははじめて。

この子供を孤児院に入れるというのは井上さん自身の体験、
親がいるのに孤児院に預けられるとほかの子供にいじめられる
それを井上は道化師に徹し、いじめを逃れたという。

孤児院で献身的に育ててくれた修道士も姿は見えないのですが、
内野さんの演技力で見えてくるよう。

井上ひさしの母を浜木綿子が演じた舞台は観ました。

1934年昭和9年)11月17日井上靖と競った文学青年の井上修吉を父とし、井上マスを母として山形県東置賜郡小松町中小松(現・川西町)に生まれる[2][3]。修吉は実家が薬屋だったため薬剤師を目指す一方、農地解放運動に関わり、地方劇団「小松座」を主宰したほか、1935年には小松滋の筆名で書いた小説『H丸傳奇』が『サンデー毎日』第17回大衆文芸新人賞に入賞している。プロレタリア文学雑誌『戦旗』への投稿や同誌の配布の手伝いもしていた[4]。マスが病院の下働きをしていたときに薬剤師助手の修吉と知り合い駆け落ちしたが、井上の籍には入らず、ひさしたち3兄弟は戸籍上は非嫡出子(婚外子)として生まれた。廈(ひさし)という名前は、『H丸傳奇』の舞台となった中国厦門(アモイ)に由来する[5]。5歳のとき父が脊髄カリエスで死亡。青年共産同盟に加入していた父親は3回検挙歴があり、そのときに受けた拷問の影響で脊髄を悪くしたとも語っていた[4]。母親は夫に替わって薬屋を切り盛りする傍ら、闇米の販売や美容院経営などで3人の子を育てていたが、旅回りの芸人と同居を始める。その義父から虐待を受け、ストレスから円形脱毛症吃音症になる。その後、義父に有り金を持ち逃げされた。山形では父が残した蔵書を乱読して過ごし、「神童」と言われていた。
母は一関市飯場を営んでいた義父の居場所を突き止め、会社から義父を追い出して自ら社長の座につき土建業「井上組」を立ち上げたが、経営はうまくいかず会社は程なくして解散。生活苦のため母はカトリック修道会ラ・サール会孤児院(現在の児童養護施設)「光が丘天使園」(宮城県仙台市)にひさしを預ける。そこではカナダ修道士たちが児童に対して献身的な態度で接していた。カナダから修道服の修理用に送られた羅紗もまず子供たちの通学服に回し、自分はぼろぼろの修道服に甘んじ毎日額に汗して子供たちに食べさせる野菜などを栽培していた。このような修道士たちの生きかたは入所児童を感動させ、洗礼を受ける児童が続出した。ひさしもその一人となった(洗礼名:マリア・ヨゼフ。上京後、棄教している)。一方、井上の孤児院時代の友人によると、この孤児院は理不尽な体罰いじめが横行する弱肉強食の環境であり、当時の井上は弟と一緒だったが「小さな弟がいじめられて泣いてもかばえないような奴でした」「口がうまくてそれで渡り歩いたようなところがあった」、という[6]。井上在園当時に園長を務めた石井恭一修道士も「ひさしさんはおとなしい子でしたよ。弟さんは小さくて、よくおねしょをしたので、皆にからかわれていました。彼はかばうことはせずに、はやし立てる仲間の方に加わっていました」と証言している[7]。この当時のことは自著『四十一番の少年』にも描かれている。





日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
19.07.13kesyounidai
没後10年、「井上ひさしメモリアル10」の第四弾!
豪華キャストで贈る、この上なく贅沢な一人芝居×日本立て
この世は点がつながった果ての線
線で導かれた母と息子
散りばめられた過去が一つになる
過去と現在が一つに重なる時、
それが親子の因果のはじまり
大衆演劇の先人たちの遺した
珠玉の名台詞の数々。
捨てられた息子を演じる内野聖陽。
捨てた母親を演じる有森也実。
一人芝居×二本の濃密な舞台。
19年ぶりに楽屋芝居の名作が蘇る。
【作】井上ひさし
【演出】鵜山仁
【出演】内野聖陽、有森也実

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