ペコペコな日々

放置しすぎてごめんなさいね(T T)明日から育児・家事・仕事となかなか忙しい生活に戻ります・・・。

うちのわんこ

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なんとなく・・・。

実家にウサコと遊びに行ったとき

いないはずのペーちゃんの気配をなんとなく、感じました。

時々感じる気配・・・

なんとなく聞こえる気がするぺーちゃんの「声」・・・


玄関の隣にはまだぺーちゃんの小屋がそのまま置いてあります。

「捨てること」も「しまうこと」もできない、と両親は寂しく笑いました。


実家の冷蔵庫には、甥っ子の写真とペコの写真とウサコの写真が並んで貼られています。



私が感じるペコの気配は、ウサコも感じていると思うです。

ウサコのこと、きっと守ってくれてるんだろうな。

「shizuyoはちゃんと子育てできてるのかしら?あたしが守ってるからね!しっかり!!」

そんな声が聞こえてきそう・・・(^ ^;


ペコは本当に家族の一員でした。もちろん今も。

改めて思うこと

ペコは生まれてくる私の子を見ることなく亡くなりました。

私は我が子をペコに会わせたかった・・・。

でも、ペコは私の子が生まれる3週間くらい前に亡くなった。


出産して実家に戻ったとき、本当に寂しかったです。
本当ならペコも出迎えてくれるはずだったのに・・・そう思うと我が子を抱きながら涙が出ました。


私が実家に世話になれば、母の負担は増えます。まして年末年始の一番忙しい時に私がいるのですから。
私の世話、赤ちゃんの世話、家のこと・・・母の負担は計り知れません。
もちろん、父も色々やってくれるとは言え、母のようにはなかなか・・・。

そんなことを思うと、ペコは自分の死期をみんなの負担にならない時期を選んだんじゃないかと思うのです。

私の体調のいい時に、母のこれからの負担にならないように・・・母が悲しみすぎてしまわないように少ししたら私が世話になることを見越した上で、自分がちゃんと看取ってもらえる日を自分で選んだんじゃないかなと・・・。

すべてを偶然で片づけるには、すべてのタイミングが合いすぎるような気がするんです。

考えすぎかな・・・。

命を誕生させるという経験を通して、命を見送る経験をしたことを、ペコの最期をちゃんと看取ることができたことを心からよかったと思います。

この思いを我が娘にもきちんと伝えていきたいと思います。

娘にはペコの写真を見せながら、「ペコだよ。お腹にいた時遊んでもらったでしょう?生まれる時も一生懸命応援してくれたでしょう?」と話しています。

ペコ、本当にいいワンコだね。
ありがとう。
またペコと会いたいな。
次に生まれ変わってくる時もちゃんと私たちのところに来てね!

ありがとう

16日〜18日までの私が実家に帰省した際に天国へと旅立っていったペコ・・・。
(結局旦那は生きているうちに彼女に会うことはできませんでしたが、最後のお別れはすることができました。)

私にはとても偶然とは思えません。また母も私と同じように思っているようでした。

「ペコはあんたが来るのを待っていたんだね・・・」

そう言われました。本当にそう思います。ペコは私を待っていたんだと思います。
もしこれが1日遅かったら、彼女は誰にも看取られることなく一人で最期を迎えたことでしょう・・・。
もし私が彼女の最期の時をこんなに長く一緒に過ごせなかったら、看取ることができなかったら、今の悲しみや後悔よりも、ずっとずっと大きいものになっていたことでしょう・・・。


結婚して実家を出てから一緒に過ごす時間は減っていました。そんな状態でいたのに、ペコの最期の時をいつもより長く一緒に過ごすことができました。これはきっと偶然ではなく、彼女が望んでくれたことなんだと思っています。

ペコは10歳10か月という、決して長くはないその生涯を終えました。
今年の6月に心臓肥大と診断され、薬を飲みながら大好きな散歩や走り回ることを制限されていました。
今頃は天国で思い切り走りまわっていることでしょう。
今はこの世界からペコがいなくなってしまったことがとても寂しく悲しいです・・・。
心にぽっかり穴があいてしまったようです。実家に行けばペコが尻尾を振りながら小屋から出てきてくれるような気がします・・・。

私たち家族にとって、ペコは本当に本当に家族の一員でした。
病気をすれば皆が心配し、治れば喜びました。
ペコは小さい頃から私たち家族のほかにも近所の方々や私の友達、新聞屋さん、ガス屋さん・・・うちに頻繁に来る方々、たくさんの人にかわいがられました。そしてペコはみんなにたくさんの愛情を与えてくれました。ペコを飼ったことで、彼女を通して教えられることもたくさんありました。
大の犬嫌いだった母が大の犬好きになりました。

私達家族はペコの一生は幸せだったと信じています。
私たちがペコと過ごすことができてとても幸せだったのだから、ペコが幸せでないはずがない!と・・・。

ペコをかわいがってくださった皆様、たまブログを通してペコや私を心配してくださった皆様、
本当に本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、ペコ。私たち家族のところに来てくれてありがとう。たくさんの思い出をありがとう。
私の子供にこの世界で会うことは叶わなかったけど、天国で見守ってね。

永眠・・・。

18日の朝、ペコは生きていました・・・しかし前日より衰弱しているように見えました。


その日も朝から晴天で、玄関から外を眺めている彼女を、母と二人で外へ連れていきました。
もう自力で立ち上がることも、歩くこともできない・・・陽だまりの中で横たわる彼女はとても気持ちよさそうに見えました。


しばらくして様子を見に行くと、ペコの姿が見えません!
慌てて母を呼び、外へ出てみると彼女は前日の朝食を嘔吐していました・・・苦しかったんでしょう。
母は彼女の体を支えながらお腹をさすり、私は汚れてしまった布団を新しいものと交換し、彼女が落ち着くのを待って横たわらせました。苦しそうな彼女の体をなでることしかできませんでした・・・。


しばらくすると姉夫婦が私の出産準備のために、ベビーベットを運んできました。
珍しく義兄も一緒でした。横たわるペコのそばに座り、義兄はずっと彼女の体をなでてくれました。
姉も頭を撫でながら、掛ける言葉を探しているようでした。
荷物運びを終えると、姉夫婦は後ろ髪を引かれるように帰って行きました。

ペコがお水の方へ一生懸命顔を向けていたので、私は手で水をすくいあげ、彼女の口元へ差し出しました。日向にずっといたから、のどが渇いたのでしょう・・・彼女は私の手の中の水をおいしそうに飲み干しました。

“もうこんなに近くにあるお水のところまで動くこともできないんだ・・・”

私は泣きながら何度も彼女の口元にお水を運びました。


昼食の後ペコの様子を見に行くと、後ろ足が痙攣しているのがわかりました。
私は急いで母を呼び、外へ出ました。
そばへ寄ると後ろ足から始まっていた痙攣が、全身へ痙攣が広がっていきました。

「ペコ!ペコ!・・・よく頑張ったね、苦しかったね・・・もう頑張らなくていいんだよ」

母は泣きながら彼女の痙攣を抑えるように全身をなで、呼びかけました。

「ペーちゃん・・・ぺーちゃん・・・もういいんだよ、頑張ったもんね?ありがとね」

私は泣きながらペコの頭をなでるのが精一杯でした。


ペコは大きな痙攣の後、それが治まるのと同時に息を引き取りました。

18日 午後1時・・・本当に本当に穏やかな暖かい日に、ペコは大好きな母と私に見守られながら天国へと旅立っていきました。

急変

ケータイから更新した『突然の出来事』の通り、ペコが心臓発作を起こし、危篤状態となりました。

17日の朝ブログを更新し、30分おきにペコの様子を見に行きました。


発作を起こした直後より弱っているのは明らかでした。


それでもその日の朝ごはんと薬はちゃんと取ってくれました。
薬が効きますように・・・回復しますように・・・そう願わずにはいられませんでした。

両親ともに仕事に出たため、私とペコ、二人きりでした。
せめて母が仕事を終えて帰ってくるお昼まで持ってほしい・・・。
ペコはすでに自分の体を自分で支えることすらできなくなっていました。

回復を願いつつも、もう目前に『死』が迫っていました。


何回目かに様子を見に行った時、家の中を向いていたペコの体は外の景色が見えるよう移動していました。
ずっと外で生活していたから、家の中にじっとしているのは窮屈だったのかもしれません。
私は彼女にお水をあげようと玄関の戸を開けっ放しにしたまま、外に出ました。
すると彼女は力を振りしぼるように立ち上がり、ヨロヨロト外へ出てきました。
晴天の空の下、彼女はいつもの景色を眺めていたかったのでしょう・・・私は彼女の小屋から愛用の布団を持ってきて、彼女を横たわらせました。

玄関からたった数歩歩いただけで体全体で息をしている、苦しそうな彼女を見ていることは本当に辛かった・・・私は彼女の体を撫でてそばに座りました。


「ぺーちゃん・・・ずっと秘密にしてたんだけどね、この(お腹の)この名前はね、
 ・・・って決めたんだよ。ペコに会いたがっているんだよ」

私はどちらの両親にもまだ教えていない子供の名前を教えました。涙が溢れました。
この子が生まれるまでペコは生きていないかもしれない・・・生きてるうちにどうしても彼女には教えたかったし、もしかしたら頑張って回復してくれるかもしれない・・・そんな淡い期待もありました。

彼女は私に目線を向けるだけでした。私は頭をなでながらしばらく一緒に過ごしました。
とても暖かい穏やかな日でした。



お昼になり、母が帰宅しました。ペコは自分の体が思うように動かず苦しいはずなのに、大好きな母の帰宅に、一生懸命立ち上がり尻尾を振りながら、母の方へ行こうとしていました。ですが、立ち上がることが精一杯で、一歩を踏み出すことができません。

「苦しいんだからいいんだよ・・・ありがとね、お出迎えしてくれるんだね」

母はその姿に涙をこらえながら、彼女の顔に自分の顔をすりよせ、全身をなでた後横たわらせました。



その日の晩、ペコを玄関の中に入れ、ご飯と薬をあげようとしました。
彼女の口元までご飯や薬を運びましたが、彼女はそれをじっと眺めているだけで全く食べようとはしてくれませんでした。
私は泣きながら彼女の名前を何度も呼びました。けれど、ちっとも私の方を向いてくれません。

「ペコ、もう何も食べたくないの?・・・無理しなくていいからね・・・頑張ったもんね・・・」

頭を撫でながら語りかける母をペコは見上げました。

「私の方は向いてくれない・・・なんでだろう?ひどいよぉ・・・」

泣きながら母に訴えました。

「あんたが泣いているから辛いんじゃないの?だから向かないのよ、きっと・・・」

私は涙を拭き、こらえながら彼女の名前を呼びました。
すると本当に彼女は私の方を向いてくれたのです。・・・偶然??でも、私にはそう思えませんでした。

「ありがとう・・・」

私は彼女の顔を包み込むように支え、自分の顔をすりよせてしばらくいました。


眠る前にペコの寝息を確認し、寝室へ向かいました。
私は出張中の旦那に連絡し、ペコの急変を知らせ、生きているうちに会ってほしいから帰りに実家にきてほしいと伝えました。

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