祝福のそよぎ

風にそよぐ葦のように、聖書からの祝福の風に吹かれるままを記してみます。

全体表示

[ リスト ]

主を畏れる人に救いは近く、
慈しみとまことは出会い、
正義と平和は口づけする。851011 

 私たちは義の宿る新しい天と地とを、
神の約束に従って待ち望んでいるのです。Ⅱペテロ313

 フィリピ書215
 フィリピ書1111(通読箇所)
  (ローズンゲン日々の聖句7/14;金)

 慈しみ、恵みとまこととは、互いに出会い、正義と平和とは、互いに口づけするのだそうです。
新しい天と地では。

 その神の御国の到来を待ち望んでいるのですね。
約束のことばに従って。

 天の神、主、「わたしはあるという者」と名乗られる方は、
私たちの、「神のひとりのようになり、善悪を知る者」になっている、自分自身である〔生まれた時からの私〕という霊を、イエスの十字架刑での処刑に合わせていただいて、処刑されたもの、死んだものとして死亡手続を済ませてくださり、
受け入れる者にもう一人の救い主、〔聖である霊〕と呼ばれる方を派遣してくださるのだそうです。

 そして、受け入れる者は、この方の満たしの中にあって、〔父である神〕が私たち一人一人に思っておられる御思いを、心に置いてくださるのだそうです。

 それで、受け入れる者は、〔父である神〕と思いを一つにし、心を一つにして生きるようにしていただけるのだそうです。

 受け入れる者は、〔父である神〕と思いを一つにしておられる〔御子である神〕、イエスの思いの中にもいる者としてくださって、
励まし、愛の慰め、御霊の交わり、愛情とあわれみを持つ者ともしてくださり、
喜びに満たされ、一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心が合わせられ、志を一つにしていただけるのだそうです(ピリピ2:1〜2)

 自分が神のひとりのようになり、他の人より優れた者にならないと気が済まない、自己中心や虚栄を、死んだ者から出て来た思いとして(ロマ611、コロサイ22033)、横に眺めながら、
へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思い、
自分のことだけではなく、他の人のことも顧みるようにしていただけるのだそうです(ピリピ234)。

 それで、イエスが私たちを迎えに、もう一度、来られるその日には(Ⅰテサロニケ41617)、私たちは、葉ばかり茂って実が一つもない、いちじくの木のようではなく(マルコ1113)、イエスが遣わされた〔聖である霊〕と呼ばれる方による義の実に満たされている者ともしてくださるのだそうですね(ピリピ111)。
今日結ぶ、その実に。
イメージ 1

 
[https://blog.with2.net/link/?1470390人気ブログランキングへ]
 
 
<ahref="https://www.blogmura.com/point/00697809.html" ><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv00697809.gif"alt="PVアクセスランキング にほんブログ村"/></a>

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事