祝福のそよぎ

風にそよぐ葦のように、聖書からの祝福の風に吹かれるままを記してみます。

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暴力に依存するな。
搾取を空しく誇るな。
力が力を生むことに心を奪われるな。
6211

 レビ族の人で、使徒たちがバルナバ――「慰めの子」という意味――と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、
持っていた畑を売り、
その代金を持って来て使徒たちの足元に置いた。
使徒43637

 ロマ書
112532
 使徒272744(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句
8/24;木)

身分の低い人々は、むなしく、高い人々は、偽りで、はかりにかけると、彼らは上に上がり、彼らを合わせても、息よりも軽いのだそうです。
だから、圧政にたよるな、略奪に空しい望みをかけるな、富がふえても、それに心を留めるな、と言われるのですね。
なぜなら、力は、神のもの、恵みも神のもの、
この方が、人をその、しわざに応じて報いられるのだそうですから(詩篇62912新改訳)。

イエスが十字架刑での処刑を受けられ、
三日目に死人の中より復活され、
40日に渡って弟子たちに何度も現れて神の国のことを語った後、
「エルサレムから離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。
もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです」と言い残して、
オリーブ山から、弟子たちの見ている前で、天の〔父である神〕の右の座に帰られた、
その10日後の、五旬節(ペンテコステ)、
モーセによる律法契約締結の記念日に、
イエスの言葉のとおりに、待ち望んでいた弟子たちに〔聖である霊〕と呼ばれる方が来られて、
ひとりひとりの上にとどまり、
弟子たちはこの方が語らせられるままに語るようになり、
新しい契約(エレエミヤ363134)が実現したのだそうです(使徒21〜4)。

その、新しい契約によるイエスの弟子たちの群れ(キリスト教会と呼ばれている)が始まった当初(初代教会の頃)、
信じた者の群れは、心と思いを一つにして、
だれひとりその持ち物を自分のものと言わず、すべてを共有にしていたので、
彼らの中にはひとりも乏しい者がなかったのだそうです。
このバルナバのように、地所や家を持っている者が、それを売り、代金を携えて来て、使徒たちの足元に置き、その金は必要に従っておのおのに分け与えられたのだそうですから。(使徒43236)。

この頃のイエスの弟子たちは、みな、ユダヤ人だったのですが、
ユダヤ人全体としては、彼らはイエスをキリスト(救い主として人の世に来られた御子である神)と認めず、
この道に反対したために、
この、イエスによる救いは、神の民イスラエル(ユダヤ人)を離れ、異邦人がこれにあずかることになったのですが、
やがて、異邦人の救いが完成するとき、イスラエル人もみな、救われるのだそうです。
「救う者がシオン(エルサレム)から出て、ヤコブ(イスラエル)から不敬虔を取り払う。
これこそ、彼らに与えたわたしの契約である。
それは、わたしが彼らの罪を取り除く時である」(イザヤ592021
と書かれているとおりに(ロマ112532)。
 神の約束のことばは必ず成るのだそうですから。

 船乗りたちも死を覚悟する嵐の中で、パウロに
「恐れてはいけません。パウロ。
あなたは必ずカイザル(ローマ皇帝)の前に立ちます。
そして、神はあなたと同船している人々をみな、あなたにお与えになったのです」と言われた方は、
嵐の中での14日の漂流の後、船に乗っていた276人全員をマルタ島に上陸させてくださったのだそうですから(使徒272744)。

私たちもこの方に信頼して、
今日も。


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