祝福のそよぎ

風にそよぐ葦のように、聖書からの祝福の風に吹かれるままを記してみます。

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私たちが正しいからではなく、
あなたの深い憐みのゆえに、
伏して嘆願の祈りをささげます。ダニエル書918

 私たちは、
主イエスの恵みによって救われると信じているのです。
使徒1511

 使徒
93135
 民数記142638(通読箇所)
  (ローズンゲン日々の聖句9/6;水)

御心は知恵に満ち、力に秀でておられる。
神に対してかたくなになりながら、
なお、無傷でいられようか。
ヨブ記9:4

 どのように受け、また聞いたかを思い起こして、
それを守り抜き、
かつ悔い改めよ。
黙示録3:8

ヤコブ書5:13〜16
 民数記14:39〜45(通読箇所)
  (ローズンゲン日々の聖句9/7;木)
 
パウロたちが、小アジア(今のトルコ)やヨーロッパ(マケドニア、ギリシャ)に、イエスによる救い、
十字架刑での処刑を受けられたイエスの死を自分の死としていただき、
三日目に墓より新しいからだに復活し、
天の、〔父である神〕の右の座に帰られたイエスが派遣してくださる〔聖である霊〕と呼ばれる方をお迎えし、
この方によって〔父である神〕が私たち一人一人に思っておられる御思いを心に置いていただいて、
心が一新されて、新しく生まれて、
〔父である神〕と心を一つにして生きる者となる、
イエスによる救いを宣べ伝えて行ったとき、
ユダヤからやって来た人々が、パウロたちが伝える、イエスによる救いを受け取る、もらうことだけでは足りない、
モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない、と教えたのだそうです。

それで、パウロやバルナバと彼らの間に激しい対立と論争が生じ、
パウロとバルナバ、仲間のうちの幾人かが、この問題について使徒たちや長老たちと話し合うために、エルサレムに上ることになったのだそうです(使徒1512)。

 パリサイ(モーセをとおして与えられた神の律法を自分の力で守って神に義と認められようと、熱心に努力していたグループ)派の者で信者になった人々が、
「異邦人にも割礼を受けさせ、また、モーセの律法を守ることを命じるべきである」と主張し、激しい論争になったのだそうですが、
ペテロが立ち上がり、
「兄弟たち。ご存知のとおり、神は初めのころ、あなたがたの間で事をお決めになり、
異邦人が私の口から福音のことばを聞いて信じるようにされたのです。
そして、人の心の中を知っておられる神は、私たちに与えられたと同じように異邦人にも聖霊を与えて、
彼らのためにあかしをし、
私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。
それなのに、なぜ、今あなたがたは、私たちの父祖たちも私たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです。
私たちが主イエスの恵みによって救われたことを私たちは信じますが、
あの人たちもそうなのです」と語り、
反対者たちも沈黙し、バルナバとパウロが、彼らを通して神が異邦人の間で行われたしるしと不思議なわざについて話すのに、耳を傾けたのだそうです(使徒15412新改訳)。


バビロンの捕囚の地で、ダニエルも神のあわれみにより頼んで嘆願したのだそうです。
「ああ、私の主、大いなる恐るべき神。
あなたを愛し、あなたの命令を守る者には、契約を守り、恵みをくださる方。
私たちは罪を犯し、不義をなし、悪を行い、あなたにそむき、あなたの命令と定めとを離れました。
私たちはまた、あなたのしもべである預言者たちが御名によって、私たちの王たち、首長たち、先祖たち、および一般の人すべてに語ったことばに、聞き従いませんでした。
主よ。正義はあなたのものですが、不面目は私たちのもので、今日あるとおり、ユダの人々、エルサレムの住民のもの、
また、あなたが追い散らされたあらゆる国々で、近く、あるいは遠くにいるすべてのイスラエル人のものです。
これは、彼らがあなたに逆らった不信の罪のためです。
主よ。不面目は、あなたに罪を犯した私たちと私たちの王たち、首長たち、および先祖たちのものです。
あわれみと赦しとは、私たちの神、主のものです。
これは私たちが神にそむいたからです。
私たちは、私たちの神、主の御声に聞き従わず、
神がそのしもべたちである預言者たちによって私たちに下さった律法に従って歩みませんでした。
イスラエル人はみな、あなたの律法を犯して離れさり、御声に聞き従いませんでした。
そこで、神のしもべモーセの律法に書かれているのろいと誓いが私たちの上にふりかかりました。
私たちが神に罪を犯したからです。
神は大きなわざわいを私たちにもたらすと、かつて私たちと、私たちをさばいたさばきつかさたちに告げられたみことばを、成就されたのです。
このわざわいはすべて、モーセの律法に書かれているように、私たちの上に下しりましたが、
私たちは、不義から立ち返り、あなたの心理を悟れるよう、私たちの神、主にお願いもしませんでした。
 〜〜
私の神よ。耳を傾けて聞いてください。
目を開いて私たちの荒れすさんださまと、あなたの御名がつけれらている町をご覧ください。
私たちが御前に伏して願いをささげるのは、
私たちの正しい行いによるのではなく、、
あなたの大いなるあわれみによるのです」(ダニエル9:4〜18新改訳)と。

私たち、自分の正しい行いを根拠にして神と語り合うことのできない者も、
天の神、主、「わたしはあるという者」と名乗られる方のあわれみを足掛かりにして、嘆願の祈りをささげていってもいいのだそうです。

それで、主の弟のヤコブをとおしても勧めてくださっています。
「あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。
喜んでいる人がいますか。その人は賛美しなさい。
あなたがたのうちに病気の人がいますか。
その人は教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。
信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。
また、もしその人が罪を犯していたら、その罪は赦されます。
ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。
いやされるためです。
義人の祈りは働くと、大きな力があります」(ヤコブ5:13〜16)と。
今日も。
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