祝福のそよぎ

風にそよぐ葦のように、聖書からの祝福の風に吹かれるままを記してみます。

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主なる神は、
すべての顔から涙をぬぐい、
ご自分の民の恥を、
地上からぬぐい去ってくださる。
イザヤ書25:8

 希望をもって喜び、
苦難を耐え忍び、
たゆまず祈りなさい。
ロマ書12:12

 コロサイ書2:1〜7
 申命記1:34〜46(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句1/12;金)

 主なる神は、イザヤを通して預言して言われます。
万軍の主、「『わたしはある』という者」と名乗られる方は、
この山の上で万民のために、
上質の肉、良いぶどう酒の宴会を模様される。
この山の上で、万民の上をおおっている顔おおいと
万国の上にかぶさっているおおいを取り除き、永久に滅ぼされる。
神である主はすべての顔から涙をぬぐい、
ご自分の民へのそしりを全地の上から除かれる。
主が語られたのだ。
その日、人は言う。
「見よ。この方こそ、私たちが救いを待ち望んだ私たちの神。
この方こそ、私たちが待ち望んだ主。
その御救いを楽しみ喜ぼう」(イザヤ25:6〜9新改訳)、と。

 イザヤから700年ほど後、使徒ヨハネは記しています。
また私は、新しい天と新しい地とを見た。
以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。
私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、
夫のために飾られた花嫁のように整えられて、
神のみもとを出て、天から下って来るのを見た。
そのとき私は、御座から出る大きな声がこういうのを聞いた。
「見よ。神の幕屋が人とともにある。
神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。
また、神ご自身が彼らとともにおられて、
彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。
もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。
なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。
すると、御座に着いておられる方が言われた。
「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」
また言われた。
「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」
また言われた。
「事は成就した。
わたしはアルファ(α)であり、オメガ(ω)である。
最初であり、最後である。
わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。
勝利を得る者は、これらのものを相続する。
わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる」(黙示録21:1〜7)、と。

 私たちは、神なく、望みなく生きる者でした。
そして、エジプトを出たイスラエルの民が、
約束の地を目の前にして、
「上れ。占領せよ」との神のことばよりも、
自分の理性の判断のほうを先立て、従おうとせず、
荒野に屍をさらすことになったような、うなじのかたい者です(申命記1:34〜46)。

 しかし、神である主は、イエスによって私たちの恥をぬぐい去ってくださって、
そのような私たちにも、この希望を差し出していてくださるのだそうです。
これを受け取り、
望みを抱いて喜び、
患難に耐え、
絶えず祈りに励む、
天の神、主との語らいの中に生きる者になってほしい(ロマ12:12)と。

 キリストのうちには、
知恵と知識との宝が隠されているのだそうですから(コロサイ2:3)。
今日も。
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