祝福のそよぎ

風にそよぐ葦のように、聖書からの祝福の風に吹かれるままを記してみます。

全体表示

[ リスト ]

人が神に知識を授けえようか。
彼は高きにいまし、
裁きを行われる。
ヨブ記
2122

 皆互いに謙遜を身につけなさい。
なぜなら、「神は、高慢な者を敵とし、
謙遜な者に恵みをお与えになる」からです。
Ⅰペテロ
55

 マラキ書
31318
 申命記11112(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句
2/2;金)

 私たちは、
人が神に知識を授けようとするようなことなど、ないと思います。

 けれども、私たちは、祈りのかたちをとっているにしろ、
天の神、主に、自分の思っているとおりにするように、と迫っているのですね。
自分の理性による善悪の判断が、神の判断よりも善いから、
あなたは、私の思っているとおりにするべきである、と。

私たちは、世の中の様を見て思います。
「神に仕えることはむなしいことだ。
神の戒めを守っても、万軍の主の前で悲しんで歩いても、何の益になろう。
今、私たちは、高ぶる者をしあわせ者と言おう。
悪を行っても栄え、神を試みても罰を免れる」、と。

 けれども、天の神、万軍の主は仰せられるのだそうです。
「彼らは、私のものとなる。
わたしが事を行う日に、私の宝となる。
人が自分に仕える子をあわれむように、わたしは彼らをあわれむ。
あなたがたは再び、
正しい人と悪者、神に仕える者と仕えない者との違いを見るようになる」(マラキ
31318)。

 大牧者イエスが、再び現れるときに、
神の御思いによって生きる者は、
しぼむことのない栄光の冠を受けるのだそうですから(Ⅰペテロ
54)。

 イエスを通して来てくださる〔聖である霊〕と呼ばれる方は、
〔父である神〕の愛の心と御思いを、
受け入れる者の心に置いてくださるのだそうですから。
私たちが、神である主を愛し、
御思いの中で生きるように(申命記
111)、と。
今日も。
イメージ 1

[にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ]

 

[https://blog.with2.net/link/?1470390人気ブログランキングへ]

 

<a href="https://www.blogmura.com/point/00697809.html"><imgsrc="https://blogparts.blogmura.com/parts_image/user/pv00697809.gif"alt="PVアクセスランキング にほんブログ村"/></a>


この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事