祝福のそよぎ

風にそよぐ葦のように、聖書からの祝福の風に吹かれるままを記してみます。

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彼らは安らかに住み、
彼らを恐れさせるものはない。
エゼキエル書
3428

 安息日の休みが
神の民に残されているのです。
ヘブル書
49

 Ⅰテサロニケ
1210
 申命記16117(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句2/8;木)

 天の神、主、「『わたしはある』という者」と名乗られる方は、
預言者エゼキエルを通して言われます。

「わたしは、彼らを牧するひとりの牧者、わたしのしもべダビデを起こす。
彼は彼らを養い、彼らの牧者となる。
わたしは彼らと平和の契約を結び、悪い獣をこの国から取り除く。
彼らは安心して荒野に住み、森の中で眠る。
わたしは彼らと、わたしの丘の回りとに祝福を与え、季節にかなった雨を降らせる。
それは祝福の雨となる。
野の木は実をみのらせ、地は産物を生じ、
彼らは安心して自分たちの土地にいるようになる。
彼らは二度と諸国の民のえじきとならず、この国の獣も彼らを食い殺さない。
彼らは安心して住み、もう彼らを脅かす者もいない。
わたしは彼らのためにりっぱな植物を生やす。
彼らは二度のその国でききんに会うこともなく、
二度と諸国の民の侮辱を受けることもない。
そのとき、彼らは、わたしが主で、彼らとともにいる彼らの神であり、
彼らはイスラエルの家がわたしの民であることを知ろう。
 ――神である主の御告げ―― 
あなたがたはわたしの羊、わたしの牧場の羊である。
あなたがたは人で、わたしはあなたがたの神である。
 ――神である主の御告げ――」(エゼキエル
342331新改訳)、と。


 そして、この国に入る、安息の休みは、
イエスによって神の民としていただいた者のためにも、
まだ残っているのだそうです。


 それは、神が死者の中からよみがえらせなさった御子、
すなわち、やがて来る御怒りから私たちを救い出してくださるイエスが
(二度目に)
天から来られる(Ⅰテサロニケ110、その日に実現するのだそうです。

 それで、イスラエルの民が、
神が創造の御業を完成されて休まれた週の終わりの日を
安息日として休み、
年に三度、出エジプトのとき小羊がほふられた過ぎ越しの祭り、
七週の祭り(ペンテコステ、五旬節)
仮庵の祭りを守り、
神の前に出て、食べて喜んだように
(申命記16:1〜17
イエスによって、この安息の休みに入る希望をいただいた者たちは、
イエスが復活された週の初めの日、日曜日に集まるのだそうです。
落後する者がないように
(ヘブル411
待ち望み続けるように、と。
今日も。
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