祝福のそよぎ

風にそよぐ葦のように、聖書からの祝福の風に吹かれるままを記してみます。

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今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。
人の子について預言者が書いたことは
みな実現する。
ルカ
18312/11の週の聖句)

 災いだ、
主を避けてその謀
(はかりごと)を隠す者は。
彼らの業は闇の中にある。
彼らは言う。
「誰が我らを見るものか。
誰が我らに気づくものか」と。
イザヤ書
2915

 イエスの言葉:
真理に属する人は皆、
わたしの声を聞く。
ヨハネ
1837

 マルコ
83138
 詩31(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句2/11;Ⅱ日)

 イエスは、これから、
最後のエルサレム上りをしようとされている時、
こう言われたのだそうです。


ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられて、
キリストとしての活動を始められてから三度目のエルサレム上りをしようとされている時。

預言者を立て、予告しておられたそのこと、
「人の子は異邦人に引き渡され、
そして彼らにあざけられ、はずかしめられ、つばきをかけられます。
彼らは人の子をむちで打ってから殺します。
しかし、人の子は三日目によみがえります」(ルカ
183233新改訳)。

「人の子は必ず多くの苦しみを受け、
長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、
三日目によみがえらなければならない。
だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、
自分の十字架を負い
(自分がこれから十字架刑で処刑される者として、
自分が処刑される、その十字架を負って。
イエスの十字架刑の処刑が完了している今は、
自分は十字架刑で処刑された者、死んだもの、と認めて)、
わたしについて来なさい」(マルコ
83134)、と。

 このように天の神、主、「『わたしはある』という者」と名乗られる方は、
これからしようとしておられることを、
預言者たちをとおし、
また、それが記録された「聖書」をとおし、
また、内に来てくださっている〔聖である霊〕と呼ばれる方によって
私たちに示し、
私たちの願いとし、こころざしとして、
私たちと思いを一つにしようとなされる方なのだそうです。

しかし、私たち、「神のひとりのようになり、善悪を知る者」になって(創世記3522)、
天の神、主に背き、対立、対抗している「的外れ」の者は、
自分の心を、謀
(はかりごと)を隠し、
隠れて、暗やみで事を行おうとする性質を持っているようです。
アダムとエバが、自分の裸をいちじくの葉で隠し、
神から隠れようと、木の間に身を隠したように(創世記
378)。

しかし、私たちに代わって十字架刑での処刑を受けてくださり、
墓に葬られ、三日目に死人の中から新しい霊のからだに復活したイエスのもとに行くなら、
「的外れ」のままの、真実の、本当の、ありのままの思いを差し出し、
見ていただき、知っていただくなら、
光に照らされた、光の中の出来事、
明るい、解放された出来事にしていただけるのだそうです(エペソ
51314)。

 私たち、暗闇の者で、自分のダメなところ、失敗を隠していく者ですが、
光である方の前に差し出し、見ていただき、知っていただいて、
光に照らされた、光の中の出来事、
私の思いのすべてが神の中にあるようにしていただいて、
明るみの中を生きるようにしていただけるのだそうです。
天の神、主と、思いを一つにする者に、と。

ダビデのようにうたいながら。
「主よ。私はあなたに身を避けています。
私が決して恥を見ないようにしてください。
あなたの義によって、私を助け出してください。
私に耳を傾け、早く私を救い出してください。
私の力の岩となり、強い砦となって、私を救ってください。
あなたこそ、私の巌、私の砦です。
あなたの御名のゆえに、私を導き、
私を伴ってください。
私をねらってひそかに張られた網から、
私を引き出してください。
あなたは私の力ですから。」(詩篇
3114)、と。
この新しい週も。
 
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あべはんのモリトモ問題もヤーはんは知っとるんかいな?

イエスの言葉を聞く?

あんさんにはヤーはんの声が聞こえまんのか?
どういう声しとんねん?

2018/2/11(日) 午後 8:19 [ 万蔵 ] 返信する

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あべはんのモリトモ問題ね〜。
ヨハネの黙示録20:12には、「また私(12弟子のヨハネ)は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれた。それは、いのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行いに応じてさばかれた」とあります。

2018/2/12(月) 午前 9:43 [ 菅 佐知男 ] 返信する

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私たちの思ったこと、したことの全部が、天の神、主の御前では、全部、記録されている、ということのようですね。そして、それぞれの仕業に応じて、報いを受けるようですね。

2018/2/12(月) 午前 9:49 [ 菅 佐知男 ] 返信する

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ペルシャのクロス王について、イザヤ書には、次のように記されています。
「主は、油そそがれた者クロスに、こう仰せられる。
『わたしは彼の右手を握り、
彼の前に諸国を下らせ、
王たちの腰の帯を解き、
彼の前にとびら(城門)を開いて、その門を閉じさせないようにする。
わたしはあなたの前に進んで、
険しい地を平らにし、
青銅のとびらを打ち砕き、
鉄のかんぬきをへし折る。
わたしは秘められている財宝と、
ひそかなところに隠された宝をあなたに与える。
それは、
わたしが主であり、あなたの名を呼ぶ者、
イスラエルの神であることを
あなたが知るためだ。
あなたはわたしを知らないが、
わたしはあなたに肩書を与える。
わたしが主である。ほかにはいない。
わたしのほかに神はいない。
あなたはわたしを知らないが、
わたしはあなたに力を帯びさせる。』」(イザヤ45:1〜5)

2018/2/12(月) 午前 10:02 [ 菅 佐知男 ] 返信する

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そして、この預言のとおりに、クロスはペルシャの王となり、バビロン帝国を滅ぼし、バビロンの捕囚になっていたイスラエルの民を約束の地に帰還させる働きをする者になったようです。

2018/2/12(月) 午前 10:04 [ 菅 佐知男 ] 返信する

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イエスの言葉を聞く。
確かに、直接、神の語りかけを聞くこともあるようですね。
しかし、日常的には、聖書を通してということが多いですね。
〔聖霊なる神〕が、私たちの心に、〔父なる神〕の御思いを置いてくださる、ということも。
だから、自分が考え出したのではない思いが、心に来ることって、ありますよね。
私も、もっと、神から来る思いに気がつくようになりたいと願っています。

2018/2/12(月) 午前 10:10 [ 菅 佐知男 ] 返信する

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