祝福のそよぎ

風にそよぐ葦のように、聖書からの祝福の風に吹かれるままを記してみます。

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それ(預言)は終りの時に向かって急ぐ。
たとえ、遅くなっても、
待っておれ。
ハバクク書
23

 ある人たちは、遅いと考えているようですが、
主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。
そうではなく、
一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、
あなたがたのために忍耐しておられるのです。
Ⅱペテロ
39

 ヨハネ
15917
 ヨハネ141526(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句3/14;水)

天の神、主、「『わたしはある』という者」と名乗られる方は、
私たちの信仰がないことをよくご存じなのでしょうね。

 イスラエル初代の王サウルが、
預言者サムエルの言葉に従って
7日間、待っていたのですが、
サムエルは来ず、
ペリシテ人は攻めて来て、自分の兵たちは逃げだすに及んで、
最後の最後で待ち切れず、
サムエルが来てささげるはずの全焼のいけにえを、
自分でささげてしまったように(Ⅰサムエル13515)。

それで、この預言のことばのように、
「遅くなっても、それを待て。
それは必ず来る。遅れることはない」と、
待ち切れない私たちを励ましていてくださるのでしょうね。

 この世の終わりの時については、
私たちが、一人も滅びないで、
皆が、すべての人が心の向きを変えて、
ご自分に立ち返って、
ご自分の子となり、
新しい国を受け継ぐ者になってほしいと、
忍耐して待っていてくださるのだそうですから。

愛し合うと言っても、
私たち、
「神のひとりのようになり、善悪を知る者になっている(創世記
3522
〔生まれたときからの私〕という霊からは、
天の神、主が言われる愛は出て来ないのだそうです。

「的外れ」になっている私たちの霊からは、
自分の理性で正しいと思うことをするばかりで、
天の神、主のお心に心を向けることなく、
自分の情に絡めて、
相手を自分の思うとおりにしようとする愛しか出て来ないのだそうですから。

 十字架刑での処刑を受けてくださり、
墓に葬られ、
三日目に死人のうちから、新しい霊のからだによみがえり、
40日に渡って何度も弟子たちに現れて神の国のことを語った後、
弟子たちの見守る中、
オリーブ山から天の〔父である神〕右の座に帰られたイエス(使徒
1311)。


 そのイエスが、
天の〔父である神〕の右の座にあって派遣してくださる
〔聖である霊〕と呼ばれる方。


 その方によって、〔父である神〕は、
私たちの心に、
ご自身が私たちひとりひとりに思ってくださっている御思いを置き、
私たちの心に、
ご自身の御思いがあるようにしてくださるのだそうです(ヨハネ
141526)。

 ご自身が、私たち一人一人を愛し、大切に思っていてくださる
その御思いも(ヨハネ
15917)。

 それは、必ず、成るのだそうです。
「遅くなっても、待っておれ」と言われているのですから。

今日も。


(近くの教会を知りたい等の方は;shkhknsyg3@yahoo.co.jpへどうぞ。)

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