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カラフルを探して気まぐれ更新です ♡♡(╹◡╹)♡♡

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文章從這裡
 
前の記事のつづきです
 
 
急いで前方に目を戻すと前の白い車が迫ってきました。
 
思いっきりブレーキを踏み込みました。
あと数センチと言うところで止まりました。
 
今、ママがすることは安全運転。
こんなところで事故を起こす訳にはいきません。
 
チェリーちゃんを無事に家に送り届けなきゃ!。
 
わき見運転を反省してここから慎重になりました。
 
途中でどこかに車を止めて寝てから帰ろうかとも思いましたが気温が低くエンジンを止めて寝るのは寒いし、
エンジンをかけて暖房を点けたまま寝るのは危ないので
時間がかかっても走って帰ることにしました。
 
それに次の日はチェリーちゃんが仕事で午前9時までに
職場に行かなくてはいけません。
 
その時はママががんばればなんとか間に合うと
思っていました。
 
 
袖ヶ浦からはまた海沿いの道で車の列は
1時間に50メートルくらいしか動きません。
 
 
蘇我と言う町に入りました。
 
道の両側に住友化成の生垣が延々と続きます。
 
真っ暗でコンビ二もない大渋滞の道。
 
見えるのは広い敷地の奥のほうの工場の灯りだけ。
 
たまにある信号が5回、6回と変わっても
車は1センチも動きません。
 
いつまで経っても蘇我。
 
このころ、やっとメールが繋がるようになって
東京の様子がわかってきました。
 
チェリーちゃんは家族と連絡がとれて家の中が
落ちた食器で散乱していることがわかりました。
 
ママには九州に住む叔母からメール。
 
宮城県にたくさんいる親戚の一人、
仙台市若林区に住む叔母の家が全壊とのこと。
他の親戚とは連絡がとれてないのだと思いました。
 
車に付いているテレビを点けると
家を焼き尽くす火の海が見えました。
 
何度も揺れを感じ、
携帯からは緊急地震速報のエリアメールの音が度々鳴る中、後ろからサイレンの音が聞こえてきました。
 
パトカーが先導して「大型消防車両が10台通ります。
道をあけてください」と放送。
 
コンビナートの火災現場が近いのを感じました。
 
そのため何時間もかけて迂回させられて
ガソリンスタンド以来、やっとコンビ二がありました。
 
12日の午前2時。
 
立ち並ぶ住宅の間から
大きな炎が上がってるのが見えました。
 
コンビ二は駐車場に入るのも渋滞、
トイレも渋滞、
お店の中にはパンやお弁当はほとんどありませんでした。
 
でもチェリーちゃんが買って来てくれた
ママが食べやすいおにぎりとお茶で夕飯。
 
行きに太巻きを買っていましたが
何かを口にすることも忘れていました。
 
11時間ぶりの食事。

少し落ち着き出発しましたが大渋滞は変わりません。
 
 
空が白々として明るくなってきました。
 
そのころママの家族とも連絡がとれました。
 
 
陽が昇ると動かない車の中から人が出てきて
伸びをしたりタバコを吸ったりしているのが見えました。
 
 みんな疲れているんだな〜と見ていると
チェリーちゃんが朝食におみやげに買った
「太巻きとかまぼこを食べよう」と言いました。
 
食欲はないし、太巻きはママには持ちにくく
車の中では食べられるかな?と思っていたら、
「食べなきゃダメよ」と
ママの口に入れて食べさせてくれました。
 
明るくなり少し安心でしたがお腹がいっぱいになると
今度は眠さとの戦いでした。
 
 車も動いていれば目も覚めていますが
止まっていると睡魔が襲ってきます。
 
ブレーキとアクセルを踏み間違える事故が多いので
止まっている時はサイドブレーキをかけて
ギアはニュートラルにしていました。
 
 足首にもお尻にも負担が来ていました。
 
 
眠くならないためと時間を少しでも稼ぐために
ナビが示している道路と平行に走っている脇の道を
走ればいいと思いつき、
行ってみると同じ考えの車が何台もいましたが
早く進むことが出来ました。
 
 
ブロ友さんが記事で紹介してくれた谷津駅を通ると
 
満員の電車が走っているのが見えました。
 
電車が動き始めているのがわかりました。
 
わき道を走ると被害の状況がわかり塀が倒れている家や
 
道路が液状化現象のところもありました。
 
 
 次に休憩したコンビ二では
食べ物はお弁当、パンはもちろんおでんや肉まんなどもなくカップラーメンが数個残っているだけ。
 
「代わりになるものはいくらでもあるよね」と言う
チェリーちゃんの考えの下に
飲み物とクッキーおせんべ、プリンで
かつてない豪華なランチになりました。
 
 
 幕張を過ぎ
 
イメージ 1
 
 
東京に入ったのが午後2時近く、
都内の渋滞はすっかり解消していました。
 
高速道路も通行可能になっていましたが
「江戸川を超えたら環八を右折して」と言う
メールが来ていました。
 
が、朦朧とした頭で運転していたので
通り過ぎてしまいました。
 
一つ内側の環七を走って
午後3時にチェリーちゃんの家にたどり着きました。
 
前日の朝に出発してから約35時間後のことでした。
 
運と勘、チェリーちゃんの冷静さで
帰ってくることが出来ました。
 
イメージ 2
 
 
チェリーちゃんは車の運転は出来ませんが
いつもお出かけする時はママが出来ないことを
やって支えてくれています。
 
今回も長い時間だったのに
ママに「普通の体だったら良かったのにな〜」と
思わせないくらいの補佐をしてくれました。
 
感謝です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 長い文章が苦手なのでわかりにくかったと思いますが
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
 
まだまだ続く余震に計画停電。
放射能に野菜、お水と不安なことだらけの毎日です。
でもいつか安心して
楽しい記事が更新出来る日が来ることを信じています。
 
 
 
 
DREAMS COME TRUE  
♪「何度でも」
 
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前の記事のつづきです
 
 
「高いところ」と言われて急いでナビを見ながら
山の方に続く道を上って行きました。
 
「山も怖いよ、崩れるから」とチェリーちゃん、
でも津波も怖いので上って行きました。
 
とりあえず、広いところに車を止めました。
ところが後ろからも前からも車が来る様子もなく、
周りは畑で、のんびりワンちゃんを散歩している人と
トラックが1台止まってるだけののどかな風景。
 
たいしたことないのかな?と思っていると
震源地や震度の情報がラジオから次々に流れてきました。
 
2日前にも宮城で地震が起きていたこと、
余震の方が強いことがあるのを思いだしました。
 
ナビを自宅設定にすると距離は約160km。
到着時間は夕方6時。
 
そんなに早く着くとは思いませんでしたが
9時ごろには帰れると思っていました。
 
 
館山の海沿いの道に出ると車の数も増えてきました。
 
ラジオからは電車がストップしたこと、
首都高、高速道路、アクアラインの通行止めと
市原の石油コンビナート火災の情報。
 
チェリーちゃんが家族に連絡しようとしましたが
電話もメールも使えません。
 
 
夕闇も迫ってきて通り過ぎる道では
漁師さんたちが集まって心配そうに海を見ている様子が。
 
イメージ 1
 
海を見ると信じられない光景。
サーフィンやウインドサーフィンをやっている人が
10数人見えました。
 
通り過ぎる町ごとに
「津波が来ます。非難してください」の放送。
 
 
富浦の館山道の入り口には赤信号が付いて
何十台もの車が通行可能になるのを待っていました。
 
並んで待とうかと思いました。
 
でもすぐに通れるようになるとは思えません。
 
怖いけど通行止めになっていない海沿いの道を
東京方面へ向かいました。
 
消防車や救急車、パトカーが何台も行き交い、
ふと気づくと信号がついていません。
 
コンビ二や家の電気の明かりも消えていて、
まるでゴーストタウンのようでした。
 
交差点では警察官が交通整理。
 
トンネルの中も真っ暗。
 
しかも片側1車線の細い道。
 
 
上総湊から道は海沿いから内陸へ。、
そのころから雨も降りはじめ外は真っ暗に。
 
この辺りから少しづつ車が渋滞しはじめました。
そのうち雨も上がりやっと電気の点いてる町。
 
午後7時50分でした。
 
 
街中に入るとガソリンスタンドがあり、
少し混んでいて、セルフでしたが入りました。
 
ガソリンを入れることの出来ないママの代わりに
チェリーちゃんが満タンにしてくれました。
 
入れ終わると同時にスタンドの照明が落ちて
閉店になりました。
 
そこからはノロノロの渋滞。
それでもまだ車は動いていました。
 
 
木更津のアクアラインの入り口に着きました。
 
午後9時。
 
もちろん閉鎖中。
様子を伺っているとチェリーちゃんが
危ない!危ない!!
 
急いで前方に目を戻すと前の白い車が迫ってきました。
 
 
つづく・・・
 

 
 
 
  
 
http://i946.photobucket.com/albums/ad307/dream5168/dream2011-3-18-08.swf
 
 
 
東日本大震災で被害を受けた方に
心よりお見舞い申しあげます。
そして亡くなられた方々のご冥福を
心からお祈り申し上げます。
 
被害を受けた方々は本当に怖かったと思います。
また、避難所でがんばっている
ママの親戚を含めた人たちは
不安な毎日を送っていらっしゃることでしょう。
 
それに比べたら
ママの体験したちっぽけな恐怖や不安を
記事にしていいのか、迷いました。
 
でもこんな経験をすることは初めてだし、
二度としたくないし、
でもしちゃったので何か形に残しておこうと思い
更新しました。
 
 
その日は、鎖骨を骨折して手術するかどうかの
執行猶予中で引きこもっていたママを
元気にしてくれようと思って
友達のチェリーちゃんからお花を見に行こうと
誘われて出かけました。
 
2週間前の今日
朝から快晴、暖かく絶好のお出かけ日よりでした。
都内を走る首都高、海を渡るアクアライン、
山の中を通る館山道を通って
ママたちは千葉の房総半島の白間津のお花畑、
その近辺に数ヶ所ある道の駅を回る予定でした。
 
アクアラインの入り口までは首都高を
使わなければならないので出発は朝の7時半。
 
早く出たので渋滞にも合わず首都高、
レインボーブリッジを通り順調に
アクアラインに入りました。

イメージ 1
 
ずっと行きたかったアクアラインの海ホタル.
あまりにもスイスイと順調だったので
海底トンネルを出てすぐのところにあったのに
通り過ぎちゃいました。
 
「帰りに寄ればいいね」
「見て〜お台場がはっきり見えるよ。
あっ危ないから見ないで〜富士山も綺麗!!」

アクアラインを下りてナビの示すがままに
山の中を走る館山道へ。
 
途中、道の駅のサービスエリア
「ハイウェイオアシス富楽里」で休憩。
 
イメージ 10

地元の野菜やお花、お魚が数多く置いてある中に
「太巻きが有名なんだよ」
 
イメージ 8
 
とチェリーちゃんに言われ、
今日の夕飯に食べようと二人で買い込みました。
 
その他にも菜の花おやき、
 
イメージ 2
 
えび、たこ、いかの真空パックになったかまぼこ。
 
イメージ 9
 
チェリーちゃん:まだこれからお土産を買えるお店がたくさんあるのに
ママ:買える時に買ったほうがいいよ
後で後悔しないようにね
 
ここを出たのが午前10時過ぎ。
 
「こんなに早く来れるなら外房の方にも行けるね」
そして館山道を下りて
海岸沿いのフラワーラインへ
空も海も青く静か「気持ちいいね〜」
 
イメージ 11
 
道路の両側にはフラワーラインの名前の通り色とりどりのお花畑が延々と続きます。
 
イメージ 12 
 
イメージ 4
 
ランチにはまだ早い時間だったので
「道の駅ちくら・潮風王国」とお花畑に寄りました。
 
それまでは車も少なかったのですが
ここにあるパーキングは千葉はもちろん
アクアラインで来やすくなった横浜、川崎、静岡ほか各地のナンバーの車が駐車していて
ほぼ満車状態でした。
 
前はすぐ海で
 
イメージ 13
 
後ろは山
 
イメージ 15

この道の駅は海市場、
 
イメージ 3
 
新鮮野菜市場、カフェ、
海鮮バーベキューやレストランがあり、
人が多いのもわかりました。
 
道路を隔てた山側の広い敷地のお花畑には
ポピー、ストック、キンセンカ、ストレリチア・
アルストロメリア・ スターチス・ カーネーション等が
カラフルに咲いていました。
 
イメージ 14
 
7本300円で1本おまけをしてくれるというので
友達のおみやげの分を含めて16本づつ。
 
花ばさみを持てないママの分までチェリーちゃんは良いお花を選びに選んで32本摘んでくれました。

 
イメージ 5
 
その頃から急に北風が強くなって
立っているのがやっと。
 
ここを出たのは1時半過ぎ。

お花畑でゆっくりしたので外房に行くのはやめて
フラワーラインを東京方面へ戻り、
房総半島の最南端、
白浜の野島崎灯台の近くにある「いそや」へ。
 
2時ちょっと前でした。
 
海鮮定食や
 
イメージ 7
 
チェリーちゃんが食べたかった
サザエでランチ。
 
イメージ 6
 
お店を出て車に乗ろうとすると
ママの力ではドアも開けられないくらいの
風の強さになっていました。
 
2時45分
 
ローターリーを回ってフラワーラインに出ようと
バスの後に付いて一時停止をしました。
 
すぐ左に見える海
 
「風が強いね〜白波が立ってるよ」
「バスも揺れてるよ」
自分が運転していた車も揺れていました。
「あっ!風じゃないよ!地震だよ!! 
ほらーバスもすごく揺れてる!!」
 
2時46分でした。
 
震度5の揺れとは感じなかったし
ラジオでは地震が起きたことしか言わなかったのでそこからまたフラワーラインを東京方面へ。
 
すぐ近くの道の駅に寄ろうと車の少ない駐車場に
車を止めたとたん、
隣の車に乗り込もうとしていた地元の人らしき人に窓ガラスをトントンと激しく叩かれ
「津波が来るから高いところに逃げて!!」
と言われました。
 
一瞬、スマトラ沖地震の映像が脳裏を過ぎりました。
 
 
 
つづく・・・
 
Southern All Stars♪希望の轍
 

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