|
8.大山将棋の強さの秘密を解明したのは、羽生名人が初めてである。 大山康晴の強さの秘密(5)・・・まとめ 大山十五世の強さは、「複雑な局面を作って相手に攻めさせ、ミスを誘う作戦にあった。」 と、羽生名人が喝破したことは以前に書いた。 その根底には、大山流の五つの考えがあった。(これは私見。) 第一は、「将棋は、プロと言えども、7%ぐらいしか理解できていない」と言う事。(注1.) 第二は、「将棋は逆転のゲームだ」と言う事。「序盤で優勢を築き、中盤で差を広げ、終盤を最短手順で勝つ」なんて、100回に1回あれば良い方だ、と言う事実だ。 人は弱い生物で、必ずミスをする。 だから、一局に一回、必ず、逆転のチャンスが発生する。 それを咎められなかったら、それは、自分のミスだ。 そして、将棋は最後にミスをした方が負ける。 大山は、相手に最初のミスをさせて、そのミスを印象づけ、更に大きなミスを誘う。 そして、自分は、小さなミスをしても、大きなミスを犯さないようにした。 しかし、このミスと言うのは、実は神様にしか解らない。 なぜなら、人間は将棋の7%しか理解できていないからだ。 従って、対局相手の本人が、どう感じているか、が、ミスの大きさなのだ。 それは、人間の単なる印象、あるいは、錯覚でしかない。 第三に、「長考するのは無駄だ」と言う事。プロ棋士である相手が長考をする、ということは、難しい局面なのだ。 いや、難しいかどうかは、本当のところは神様にしか解らない。 ただ、対戦相手が、難しいと悩んでいることだけは、確か、なのだ。 その上、その形勢判断の結論が、神様も含め一致する確率は、8%もないのである。(注2.) 1時間も2時間も長考して、何手も先の変化で、妙手、巧手を発見していても、 相手がその変化に飛び込んできてくれなかったら、全くの無駄になる。 自分の選んだ最善手が100点で、それ以外は、0点とか、10点とかの大差だったら、 長考しても値打ちはある。 しかし、相手もプロ棋士である。 最善ではないにしても、98点とか、96点ぐらいの手を返して来る。 と、なると、「 勝負 」としては判らなくなるのだ。 そんな、馬鹿馬鹿しいことは、やめた。時間の無駄だ。 考えるのは、相手が好きにやれば良いのだ。 こっちは、悠然と拱手傍観の構え。 その証拠に、羽生名人が、大山十五世は盤面を見ていなかった、と述懐している。 盤を見ずに、対戦相手の表情とか、仕草などを観察していた、と。 大山十五世の隣で見ていても、実際に対戦しても、全然、手を読んでいないのが分かった。 それでも、指し手は、急所、急所と来た、と。(注3.) 第四に、「人は極度の緊張をしたり、怒ったら、冷静な判断が出来ない。 そう言う状態になると、普段の実力の半分も出せない。」と言う事。これは誰でも経験のあることだ。 極度の緊張をしたり、怒ったら、自分でも信じられないような簡単なミスを犯してしまう。 大山は、何気ない会話の中に、相手を怒らせるような言葉を交えるのが得意だった。(注4.) 第五に、「 相手から信用されることが大切 」と、言う事。信用されるとは、強いと認められることである。 相手は、大山を強いと畏怖している。 これが「 勝負 」の上で、重要なポイントだ、と。 相手は不利になったら諦め、有利になっても怯える、と羽生名人は説明している。(注5.) これら五つを総合すると、 相手は難しい局面で長考し、悩み、独り相撲した挙句、意を決して無理攻めをする。 そして、「大山にこう指されたら嫌だなあ」という手を思い浮かべながら指す。 案の定、大山がその嫌な手を指してくる。 その時、もう勝負を半分諦めている。 実際は、それほど悲観する局面でもないのに・・・ 大山は、悩まない。 相手が悩んで長考して攻めて来たのだから、僅差なのだ。 ほぼ最善手に近い手さえ返せば、難しい状態は続くのだ。 そのうちに、相手はミスをする。 いや、ミスをしたと後悔する! この瞬間を見逃してはならないのだ。(注6.)大山は、普段から、相手の表情や仕草をじっと観察して癖を掴んでいた。(注7.) 相手は、こっちの次の手の何を恐れて悩んでいるのか? その手を探すことが、「 読み 」なのだ。 その手を指せば、決め手になる。 何故なら、次に、相手は本当の致命的なミスをしてくれるからだ。 相手が勝手に長考し、勝手に苦悩し、そして、勝手に負けていくのだ。 大山は、何も、していないのだ。 じっと相手を見据え、泰然自若と座っていただけだ。 大山が、唯一何かしたとしたら、相手の精神状態をその方向へ傾くように盤上盤外で 色々と工夫した、だけだ。 謂わば、心理学者、占い師、お坊さんだったのだろう。 結果、その勝率は、6割を超えていた。 勿論、相手の隙を一瞬で突く、秀でた棋力を備えていなければならない。(注8.) 【 大山十五世の似顔絵 】 【絵:バトルロイヤル風間氏】 注3. 『決断力』 羽生善治著 角川書店 2005年7月発行 p.37、p.60〜61 所収 注4. <エピソード> 二上達也九段が大山十五世に挑戦したときのタイトル戦で、昼食休憩に記録係の奨励会員が詰将棋 の本を熱心に読んでいた。これを見ていた大山は、「詰将棋なんてやったって強くならないよ」と 声を掛けたらしい。 二上は、棋界でも有数の詰将棋作家でもある。その二上が入室し座に着いたときを狙ってである。 将棋が強くなるためには、詰将棋は必須の勉強方法の一つだ。これは江戸時代から変らない。 大山は、記録係の子に言ったのではなく二上に聞かせたかったのである。 恐らくこのときの二上の心境は、腹を立て、読みに没頭出来なかっただろうと察する。 注5. 『決断力』 羽生善治著 角川書店 2005年7月発行 p.47 所収 注6. 大抵の棋士は、対局中、様々な表情を見せ、独り言を呟き、色々な仕草をする。 対局は大体丸一日、タイトル戦なら2日間、対局者は盤を挟んで顔を突き合せている。 棋士は総勢150人だが、よく顔を会せる棋士というのは10人程度だ。 従って、相手がどんな心理状態のときに、癖を出すのか、しぜんと判ってくる。 大山は、それを最も重視して、鋭敏なアンテナを張っていたのだ。 注7. 大山は、タイトル戦になると必ず対局相手と麻雀をしたらしい。 気楽な麻雀が一番人間の表情や仕草が出る。 ミスをした時の口癖、大きな手が入った時の表情などなど、それを観察していた。 注8. プロ野球の野村克也氏(楽天、阪神タイガース、ヤクルトの元監督)は、現役時代、投手の癖を 見抜くのが得意だったと語っている。 モーションを見ただけで、次の球種は何か判った、と。だから、3割打てたと述懐している。 勿論、それだけで3割が打てる訳がない。秀でたバッテイング技術が必須条件だ。 |
全体表示
[ リスト ]





