|
私は、昔、米長邦雄会長が嫌いだった。 その理由は、私が一目惚れした加藤一二三九段のことを悪く言うからだった。 ところが、先日米長会長が逝去されて、気付いたのだが、どういう訳か、氏の数々の言葉が、 私の胸に深く刻まれていた。嫌いだったハズなのに・・・。 記憶が定かでないのだが、多分、昭和55年か56年の夏だったと思う。 私がサラリーマンになって2年目、京都の社員寮で暮らしていた頃。 或る日、寮が購読していた『 京都新聞 』の夕刊がふと目に入った。(注) タイトルを防衛した米長三冠(当時)のインタビュー記事が載っていた。 「 サラリーマンと貴方を比べたら、何段くらいの差があるでしょう? 」 と言うような主旨の質問だったと思う。 それに対する米長三冠の答えが、若い私には衝撃的だった。 「 サラリーマンは謂わばアマ初段を目指して一生懸命やっているわけで、 私は、プロ八段だ。比べようがないでしょう。 」気の短いサラリーマンなら、この言葉に腹を立てるだろう。 しかし、事実だ。 将棋を憶えて初段くらいになり、二枚落ちでプロと指したら、直ぐに解る。 将棋を囲碁や釣り、ゴルフ、何んでも良い、好きな趣味に置き換えれがば良いのだ。 サラリーマンに抵抗があれば、公務員に置き換えれば良い。 好きな将棋になら寝食を忘れてまで一生懸命打ち込むが、同じ位に仕事に臨んでいるだろうか? 上司から言われて嫌々残業していないだろうか? 将棋ならしないような、簡単なミスを日常茶飯事にしていないだろうか? 昭和56年だから、もう三十年前の記事だが、この言葉は、私に蜘蛛の糸の如く纏わり着いた。 これが、将棋史上最高の名言ベスト5に入れる理由だ。 *----------*----------* 【追記1】 二十年前、森安秀光八段が亡くなったとき、マイクを向られ、一言を求められた米長九段がテレビに映った。 どんな内容だったか忘れたが、見事な返答だと、感銘を受けたことだけは、印象に残っている。 私は、その頃、休日になると『森安将棋センター』に通っていた。 センターは、八段のお父さんお母さんも手伝っておられ、家庭的な雰囲気で、私も親しくさせて頂いた。 だから、あの当時のご家族が、悲痛な状態だったことを知っている。 米長九段のあの言葉に、八段のご家族が手を合せて感謝されたであろう気持ちがよく解った。 以来、私は、米長九段を尊敬するようになったのだ、と思う。 *----------*----------* 【追記2】 十数年前、林葉騒動で、中原十六世が窮地に陥ったとき、棋士総会での加藤九段の発言が、中原を救った。 中原の将棋界への功績は大きく、あの程度の個人的なことで、損なわれるものではない。 従って、将棋連盟は、カバーすべきだ、というニュアンスのことを言い放った。 特に中原と親しいわけでもない加藤の意見だったので、説得力があったようだ。 米長九段は、そのとき以来、加藤九段と心の中で和解した。 私は、米長邦雄という男が如何に信用できるか、感心すると同時に、安堵したことを記憶している。 *----------*----------* 【追記3】 この「 サラリーマンはアマ初段 」は、将棋史上第5位の名言と位置付けた。 野球で言えば、同じく5番だ。 名言は、その時代や、世代によって、打順が入れ替るだろう。 しかし、この5番打者は、1番から4番がいくら交代しようが、永久不動だ。 1番3番に昇格することもないが、6番以下に落ちることも絶対ない、という珍しい打者だと思う。 *----------*----------* 【注解】 一年前、京都新聞本社へ出向いて、この記事を探したのだが、見付けられなかった。 もしかしたら、『西日本新聞』だったかも知れない。 誰かご存知の方がいたら、どうか教えて欲しい。 *----------*----------* 【参考】 将棋史上最高の名言ベスト5 将棋の名言 第6位以下。将棋史上の名言 将棋の名言 番外編その1。将棋史上の名言 将棋の名言 番外編その2。将棋史上の名言 将棋の名言 番外編その3。将棋史上の名言 |
全体表示
[ リスト ]





