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私の独断と偏見で選んだ将棋の名言を、前回、ベスト5まで紹介した。 今回は、第6位以下を紹介する。 基準は、将棋以外にも広く通じ、人間にとって、日本にとって有益な言葉を上位とした。 【将棋史上の名言 第6位以下】 「 精神力の重要性をコンピュータに教わるとは思ってもいなかった。 」(註13.) 谷川浩司 「 弟子をとるとしたら、根性のある子 」(註14.) 羽生善治 「 子供に将棋へ興味を持たせる方法は簡単。負けてあげること」(註1.) 羽生善治 「 人生も将棋も、話し合いである 」(註2.) 升田幸三 「 自分自身を信じることが、一番難しい 」 羽生善治 「 落ちる将棋に偉いところがあるんや 」(註3.) 坂田三吉 「 チャンスに強い若者、ピンチに強いベテラン 」(註4.) 羽生善治 「 制約があるから素晴しい智恵が生れる 」(註5.) 羽生善治 「 運・勘・技・根が揃うと勝てる 」(註2.) 升田幸三 「 将棋は他力 」 羽生善治 「 名人制度の改革の責任は、もし間違っていたら、私一人が負う 」(註6.) 関根金次郎 「 将棋は勝負だ。勝負の道は厳しくなければいけない。」(註6.) 木村義雄 「 反省はするが、後悔はしない 」(註7.) 不明 「 棋譜は材料、観戦記者は料理人 」 芹沢博文 「 日本が(戦争に)悲惨な負け方をした最大の原因は『肩書き』です。・・・ 将棋の世界でも同じだ。 」(註6.) 木村義雄 「 将棋の6%しか理解できていない 」 芹沢博文 「 将棋四百年の歴史の中で従来の定跡が根本的に否定されたことはない。でもそういう可能性が 残されているような気がする。その可能性は求めて行きたい。 」(註8.) 羽生善治 「 宗看、看寿の詰将棋を解いたら四段になれる 」(註9.) 米長邦雄 「 研究会には、自分達より、強いか、情熱がある人でないと入れない。」 森下卓 「 将棋の要所は、好手を指すことではなく、悪手を指さないこと 」(註10.) 保木邦仁 「名人に香を引くまで帰らん」升田幸三 「銀が泣いている」坂田三吉・・・関根八段に挑んだ五番勝負の第一局目 「名人を1年間預からせていただきます」谷川浩司・・・史上最年少21歳で名人獲得の記者会見 「ファンの人に申し訳ないし、羽生さんにも申し訳ない」谷川浩司・・・羽生七冠誕生の感想戦 「棋士全員にとって屈辱です」森下卓・・・羽生七冠誕生の時 「新手一生」升田幸三 「将棋は体力である」板谷進 「3手の読み」原田泰夫 「駒得は裏切らない」森下卓 「将棋は歩が命」芹澤博文 「矢倉は将棋の純文学だ」米長邦雄 「兄貴たちは頭が悪いから東大に行った」米長邦雄 (注11.) 「棋は心なり」木村義雄「棋は人なり」大山康晴「棋は力なり」升田幸三 (註12.) 「中原は強くない。負ける人はみんな勝手に転んでいるんだ」森けい二 (註15.) *----------*----------* 【註解】 註1.「絆 〜次世代に伝える将棋の心〜」 2012年8月19日 於:ロイヤルパーク・ホテル 主イベントの「島研トークショー」の中で参加者の質問に羽生さんが答えた。 註2.将棋は「 運・勘・技・根 」が揃うと勝てる。 「 人生とは 」の質問に、 「 話し合いですね。将棋でも指したり指されたり。話し合いが無いと言うことは、人生から外れておる。」 と答えている。 出典:NHK『お元気ですか』 インタビュアー鈴木健二 1987年放送 註3.「 落ちる将棋に偉いところがあるんや、落ちない将棋なんて将棋やない。」坂田三吉 『勝負』 升田幸三著 成甲書房 2001年2月10日発行 p.191 ( 1970年サンンケイ新聞社より刊行された同書名の復刊 ) 註4.「 チャンスに強い若者、ピンチに強いベテラン 」 『四十歳からの適応力』 羽生善治著 扶桑社新書 2011年4月1日発行 p.23 注5.「 制約があるから素晴しい智恵が生れる 」 羽生善治 将棋には様々なルールの制約があります。 例えば、ニ歩を打ってはならない、行きどころのないところに駒を打ってはならない、 歩を打って玉を詰めてはならないなどです。 俳句や短歌などでも文字数の明確な制限があります。 『四十歳からの適応力』 羽生善治著 扶桑社新書 2011年4月1日発行 p.213 注6.関根金次郎、木村義雄の名言の出典 「名人制度の改革の責任は、もし間違っていたら、地獄の責苦を受けようとも私一人が負う。」 関根金次郎 「 将棋は勝負だ。勝負の道は厳しくなければいけない。厳しいとはどういうことか、 その人の地位、名誉、生活に密接な影響がなければいけない。玄人になった以上は それがヒシと身に堪えるものでなければいけない。」 木村義雄・・・順位戦制度導入のとき 「 日本が(戦争に)悲惨な負け方をした最大の原因は『肩書き』です。 戦争指導者は『肩書き』で埋め尽くされていた。『肩書き』の無い者はいかに優秀な 考えを持っていても実力を完全に発揮する事は不可能だった。 将棋の世界でも同じだ。 」 木村義雄 『20世紀のファイルから−証言・あの時、あの人−』シリーズ 『第72話:棋士列伝』 制作:東北新社/ヒストリーチャンネル・ジャパン 2004年6月19日放送 注7.「 反省はするが、後悔はしない 」 『大局観』 羽生善治著 角川書店 2011年2月発行 p.22 注8.「 将棋四百年の歴史の中で従来の定跡が・・・ 」 『人生、惚れてこそ』 米長邦雄・羽生善治共著 クレスト社 1996年3月28日発行 p.221 注9.「 宗看、看寿の詰将棋を解いたら四段になれる 」 『四十歳からの適応力』 羽生善治著 扶桑社新書 2011年4月1日発行 p.193 注10.「 悪手を指さないこと 」 2012年6月7日 公開シンポジウム「人とITとの共創」 講演「将棋プログラムBonanzaの仕組み」 保木邦仁氏 於:明治大学アカデミーコモン 注11.「兄貴たちは頭が悪いから東大に行った」 これは、米長が言ったのではなく、故芹澤博文九段の作り話。 『王より飛車が好き』 芹澤博文著 サンケイ出版 1984年12月15日発行 p.8 注12.「棋は心なり」「棋は人なり」「棋は力なり」 これは、誰かの作り話だろうが、なかなか出来栄えが良いと芹澤が褒めている。 『王より飛車が好き』 芹澤博文著 サンケイ出版 1984年12月15日発行 p.18 注13.「 精神力の重要性をコンピュータに教わるとは思ってもいなかった。 」追加:2013.6.10 第2回 将棋電王戦最終日の記者会見での谷川会長の挨拶の中の一節。 注14.「 弟子をとるとしたら、根性のある子 」追加:2013.10.28 <出典は調査中> 参照:イチロー、羽生にみる一流人のこだわり、頑固、意地 注15. 「中原は強くない。負ける人はみんな勝手に転んでいるんだ」追加:2015.5.23 昭和53年 第36期 名人戦の挑戦者となった森けい二八段(当時)がインタビューに答えて。 |
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銀桂さんほどのキャリアがありませんので・・・。
ところで、名言シリーズの記事を紹介させていただいてもいいですか?
例の「将棋三国志」をまだ取り上げていないうちから済みません。
銀桂さんのお考えをもっとたくさんの方に知っていただきましょうよ。
若いころの羽生さんが「将棋は技術です。」と言って、先輩棋士等に睨まれたことがありましたよね。
私も「将棋界が羽生さんを得たことは天恵」には、賛同しますね。
2013/10/28(月) 午後 9:32
トリトンさん、有難うございます。
看寿、宗看、宗桂あたりの名言が、残っていそうなものなんですが、とんと聞きませんね。
どうぞ、ご自由に使って下さい。
羽生さんが「将棋は技術です。」と言って物議を醸したことも書きました。
http://blogs.yahoo.co.jp/shogituredure/24056714.html 「羽生善治の分析。その4」
私は、米長道場を開設する頃、褒めちぎった
http://blogs.yahoo.co.jp/shogituredure/11450493.html「羽生善治名人 十九歳の手記」も好きですね。
2013/10/28(月) 午後 10:18 [ 銀桂一行 ]
「羽生名人のなぜ強いのか」の分析シリーズはもう70まで進んできているというのに、その4ですからね。
書いておられるとは思っていますが、最近知り合いになったばかりなので、バックナンバーはまだ読んでおりません。
あとで、時間があるときに読ませていただきます。
銀桂さんは、将棋界の歴史のかなりの部分をご存知ですね。
大したものです。
2013/10/29(火) 午後 8:41
すみません。
大した事を書いてるわけじゃあないので、読んで頂く必要ありません。
ただ、私もそれは知ってますヨと、相槌の積りだっただけです。
全然、気になさらないで下さい。
2013/10/30(水) 午前 0:22 [ 銀桂一行 ]