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13.4つの戦略 (注2.) (8) 第4の戦略 『 中原戦略 』とは。実戦例1。 〜 第60期 王座戦 五番勝負 第3局 〜 『 中原戦略 』の要諦は、相手の飛車を押さえ込みながら、入玉を狙う、である。そして、将棋史上に銘記すべき名局の一つである、と確信を持って思う。 本局の羽生の狙いは、攻め合いではなく、入玉だった。 序盤から順を追って要点をまとめると次のようになる。 1.後手渡辺は、得意の急戦矢倉で来た。 2.今までは、俺は俺、お前はお前のような攻め合いで敗れたから、今回は、やらない。 2.後手に攻めさせ、主導権を握らせる。 3.先手は、自分の左銀と後手の右桂との交換を許す。駒損。 4.後手の攻めを全面的に受けながら馬を作る。 5.持ち駒の桂馬は、相手の角を押さえ込む目的だけで使う。 6.馬を作り、と金を作り、入玉を目指す。 矢倉の場合、攻めが一息つくと、反撃が必ずあり、攻めも守りも、玉頭である。 ところが、本局は、攻め合いではなかった。 否、55手目▲1六桂のように、攻め合っていたではないか、と指摘する方もいるだろう。 【図1.55手目▲1六桂まで】 しかし、あれは、攻め合いが目的ではないのだ。 相手の角を押さえ込むのが目的だった。 何故なら、▲1六桂は、△1五歩から後手に取らせるように誘った手なのだ。 取られたら、銀桂交換ではなく、銀損になる。 事実、一瞬だが(68手目△2四角)、桂を取り切られ、銀損になった。 しかし、左辺でと金を作り、渡辺の金と交換。 銀損を取り返し、結果、銀と金の交換になった。 桂馬は攻め合いの駒ではなく、左辺で馬を作る為の囮だったのだ。 それを裏付けるもう一つの証拠が、61手目▲4六角だ。 控え室は、 「 ▲2四桂の強襲のときに角を取らせる位置を変えました。 」 と、解説していた。 【図2.61手目▲4六角まで】 しかし、本当の狙いは、左辺で馬を作ることだったのだ。 通常の矢倉の攻め合いなら、▲2四桂の強襲を如何に成功させるか、を考えるところだが、 羽生は、そんなことは毛頭考えていなかった。 入玉を狙っていたのだ。 通常の矢倉の戦いとは、全く違う。 整理するとこうなる。 通常、矢倉は、お互いの右辺から攻める。 振り飛車は、自分の左辺から攻め、相手の居飛車は右辺から攻める。 今回の矢倉は、後手が右辺から攻めたのに対し、先手は、左辺から攻めた。 羽生三冠は、年齢に応じた指し方がある、と語っている。(注1.) 28歳の渡辺竜王は、謂わば若いときの羽生である。 若いときの自分と戦うと、終盤で読み負けて逆転されることが多い。 中原十六世が谷川対策でやったような入玉狙いの方が、終盤が単純で、勝てる可能性が高い。 これが、将棋史上に銘記すべき、名局の一つである、と私が推す理由だ。 *----------*----------* 【注解】 注1.年齢に応じた指し方がある。 「人の持っている能力というのは、世代によって伸ばせるところがあるはずなんです。 三十代には三十代の、四十代になったら四十代の、伸ばせるところがあるはずです。 <中略> 六十歳になっても伸ばせる能力はあると思います。」 『将棋世界』誌 2009年9月号 「大きな目標より日々の手応え」 p.51 「大山先生を見てもわかるとおり、将棋はスポーツと違って、息長く活躍できる競技。 そして、20代でなければ指せない将棋もあれば、60を超えて初めて指せる将棋もあると思うんです。 ですから今後は、40代、50代とそれぞれの年代ごとにテーマを決めて、それを達成していきたい。」 『ドラマを伝える将棋 〜名人・羽生善治氏に聞く』 2010年6月18日 企画制作:朝日新聞社デジタルビジネスセンター 注2.「3つの戦略」から「4つの戦略」へ変更 *----------*----------* 【参考】 4つの戦略 (1)はじめに 第1の戦略『 早指し戦略 』とは。パート1 第2の戦略『 新感覚戦略 』とは。パート1 『 ポセイドンの一手 』 『 ヘラクレスの一手 』 第3の戦略『 大山戦略 』とは。実戦例1 中終盤の技術『カオスの一手』 大山康晴の強さの秘密(1) |
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nice
2013/1/31(木) 午前 6:05 [ gso**3ab9z0*z5* ]