|
将棋界の順位戦制度は、二十数年前から改革が叫ばれながら、実現しないままになっている。 現在の順位戦は、A級とB級1組を除いて、腐っている。 (「腐っている」とは故・芹澤博文九段、森鶏ニ九段の発言) 早急に改革すべきなのだ。 ファンは、生活を賭けた真剣勝負だからこそ、お金を払ってでも観たいと思う。 「 将棋は勝負だ。勝負の道は厳しくなければいけない。 」 とは、故・木村十四世名人の名言だ。(注) 不勉強でいい加減な態度で対局に臨む棋士の将棋など観たくもない。 このファン心理が、将棋界成立の前提である。 将棋に限らず、野球、テニス、サッカー、格闘技など、プロの世界は全て実力による競争だ。 年齢、国籍、肌の色に関係なく、勝った者が上であり、負けた者が下である。 勝った者が多額の賞金を得、負けた者は僅かしか得ることができない。 これが、プロの世界だ。 この前提が崩れ、生温い世界になると、その世界は腐って行く。 プレイヤーが努力しなくなる。 白熱した真剣勝負が発生しなくなる。 挙句の果ては、ファンが遠のく。 今頃、黄泉の国で木村十四世名人が嘆いているに違いない。 将棋界もファンに見捨てられないうちに手を打つべきだ。 *----------*----------* 【順位戦制度の歴史】 1935年(昭和10年)東京日日新聞の主催で、第1期名人戦の特別リーグ戦が開始される。 1946年(昭和21年)第1期順位戦が開始される。八段の棋士をA級、七、六段をB級、五、四段をC級とする3クラス制であった。 1948年(昭和23年)C級を1組と2組に分割し、A級を10名、B級とC級1組を20名とする定員制をもうける。(会長:渡辺東一) 1961年(昭和36年)B級2組以下で降級点制度を導入する。(会長:原田泰夫) 1971年(昭和46年)順位戦の制度改革の議論が長引き、B級1組以下は11月から開始。(会長:丸田祐三) 1994年(平成6年) 順位戦に参加しない、フリークラス制度が設けられる。(会長:二上達也) 【順位戦制度の事件】 1982年(昭和57年)に故・芹澤博文九段が、『対局全敗宣言』をし、物議を醸した。 理由は、『競争原理が働くはずのプロが、全敗でクラスも落ちず(当時はC級2組からの降級はなかった)、給料を貰えるのはおかしい』という一種の提言であった。当時の会長は大山康晴であった。 *----------*----------* 【注解】 木村義雄 第一代実力制名人。五期保持し、十四世名人を襲名。 木村は順位戦構想を打ち出した。 「将棋は勝負だ。勝負の道は厳しくなければいけない。厳しいとはどういうことか、 その人の地位、名誉、生活に密接な影響がなければいけない。玄人になった以上は それがヒシと身に堪えるものでなければいけない。」 <出典> 『20世紀のファイルから−証言・あの時、あの人−』シリーズ 『第72話:棋士列伝』 制作:東北新社/ヒストリーチャンネル・ジャパン 2004年6月19日放送 *----------*----------* |
全体表示
[ リスト ]





