将棋の茶店「芹沢鴨?」

将棋は大切な日本文化の一つ。将棋界が羽生(はぶ)さんを得たことは、天恵です。

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特異な人とは、三段リーグ突破者(四段昇段者)90名の中で、私が分類に悩んだ人のことだ。

今回の特異な人は、片上大輔(現六段)である。


彼は、将棋界初の東大生棋士としてマスコミに取上げられ、一躍脚光を浴びた。

17歳で三段リーグ入りし、翌年、東大に合格している。

そして、4年後、在学中に四段になった。

もうあれから10年経つのである。

早いものだ。

同じ広島出身の糸谷哲郎(現六段)は、四段になった翌年に、大阪大学に合格した。

すなわち17歳で棋士になり、18歳で国立大学に合格したのだ。

東の片上、西の糸谷。

両方共に広島出身で、森信雄七段門下だが・・・(笑)


話は逸れるが、羽生三冠と比肩すると言われた故・村山聖九段も、健康体であれば、
国立大学に合格しながら、四段になっていたのではないか、と今にして思う。
彼も、広島出身で、森門下。師弟の関係は、『 聖の青春 』に詳しい。(注1.)


早速、片上の三段リーグの成績を見てみよう。

イメージ 1


調べる前は、東大に合格した頭脳だから、3期ぐらいで突破したのだろうと予想していた。

意外にも、10期(5年)かかっている。

それも最初の3期は、勝率.500を下回っている。

次の3期で.530台。

更に次の3期で.600台。

見事な右肩上りで、三段リーグ在籍中に実力を伸している。

最後16勝で突破したのだが、13勝だったとしても、通算勝率.556で、

昇段目安の.550を超えていた。


今、あらためて見ると、彼は、典型的な「 努力型 」であった。


「 努力型 」の基準は、

6期以上在籍し、20歳以上、通算勝率0.550以上、昇段時13勝以上。

前半に負越しがあり、後半には負越しなし。


綺麗に当て嵌まる。

分類時は、悩んだ挙句、16勝の大爆発に目を奪われて「 爆発型 」にしたのだが・・・


脚光を浴びてから10年。

片上ファンは、物足りないだろう。


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【プロフィール】

片上 大輔(かたがみ だいすけ)六段

1981年8月28日生。32歳

出身地 広島県広島市
師 匠 森 信雄七段

順位戦 C級1組
竜王戦 3組

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【注解】

注1.故・村山聖九段

 村山 聖(むらやま さとし)九段(追贈)
 1969年6月15日生、1998年8月8日死去、享年29歳
 広島県安芸郡出身。
 「羽生世代」の一人。

 谷川浩司が名人になったニュースを聞き、プロ棋士を目指す。
 1983年5級で奨励会へ入会する
 入会後、大阪で単身で暮らす病身の村山を、師匠の森が同居して親身な世話をして支えた。
 1986年11月5日、17歳5ケ月で四段。
 奨励会入会からプロ入りまで2年11ケ月は、谷川や羽生をも超える異例のスピード。
 しかも村山は病気による不戦敗が度々あった。
 風貌のイメージともあわせ、「怪童丸」の異称で呼ばれる。
 ライバル棋士たちに対しては盤外でも敵意を剥き出にすることが多かったが、
 羽生に対してだけは特別の敬意を払っていたという。
 「東の羽生、西の村山」と並び称され期待されたが、体調不良で不戦敗になったり、
 実力を発揮できない事もあり、実績では羽生に遅れを取ることとなった。
 1998年8月8日、29歳で死去。
 A級在籍のまま逝去したのは、大山康晴、山田道美、村山の3人だけである。

 2000年、その生涯を描いた『 聖の青春 』(大崎善生著、講談社)が出版され、第13回新潮学芸賞、
 将棋ペンクラブ大賞を受賞した。
 2001年には新春スペシャルドラマ『 聖の青春 』(出身地である広島の中国放送が制作)として
 TBS系列で全国放送され、村山役を藤原竜也が演じた。

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【参照】


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