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話が前後しますが、どうして封じ手時刻直前に指すことが盤外戦術なのか? ルール上、全く問題ないのに。 今回は、封じ手の雰囲気をご存知ない方の為に、ちょっと補足します。 封じ手のある2日制のタイトル戦では、持ち時間が各々8時間くらい。 1日目で半分弱を使います。 そして、概ね封じ手時刻30分前に手番の方が封じるのが通例です。 8時間の持ち時間からしたら、30分程度、目くじらを立てるほどではない。 ましてや5分や10分、微々たるもの。 これが、持ち時間1時間なら、5分は貴重です。 持ち時間3時間なら30分は、譲れません。 昔は、2日制のタイトル戦で、1日目は、温泉気分でした。 白熱した戦闘モードは2日目の午後から、としたものです。 最近の様に、1日目で90手も進むなんて、想像もしなかったでしょう。 私の印象に残っているのは、昭和53年の囲碁 棋聖戦、藤沢棋聖 vs 加藤本因坊。(注1.) 1日目の午後3時過ぎには打ちかけ(封じ手)にして、二人で将棋を指していたんですね。(注2.) 私の目には、不思議な光景に映った。(注3.) 将棋界でも、昭和40年台は、同じ光景が見られます。 大山と中原が、指しかけにして、囲碁を打っている写真が残っています。 ご存知の様に、1日目の夕食は対局者、関係者、主催者を含めての会食になっています。(注4.) 海の幸、山の幸、地元の美味しい料理が用意されています。 対局場が、旅館なら浴衣に着替え、座敷での食事。 勿論、お酒も用意されている。 さながら社員旅行の宴会場と見紛う風景です。 よって、関係者などは、この食事が楽しみの一つです。 特に記録係。 大概が奨励会三段。 普段お目にかかれない様な高級料理を、タダで食べられる。 楽しみにするなと言う方が酷です。 記録係の真柴(ましば)が、「 30分経ったぜ 」と心の中で愚痴るシーンがあります。 これはどう言う意味かと言うと、 「 30分経ったぜ。緒方九段、早く封じてくれないかなあ。腹減ってんだよなあ。 美味しい料理が楽しみで記録係を引受けたんだから・・・」 と、まあ、こんな心境なんですね。 断っておきますが、大抵の記録係は、ここまで不届き者ではありません。 『 ヒカルの碁 』の真柴は、役柄です。 主催新聞社の担当者や立会人は、真柴の様なのんびりした気分ではありません。 徐々に顔が引きつって来るところです。 料理を始め色々と心配をしなければなりません。 もし、このまま長考されれば、封じるまで待つのか、それとも一旦中断して食事をし、対局を続けるのか。 一旦中断となると、当然、お酒を出せません。 旅館側も、気が気じゃない。 それでいながら、対局者に気づかれまいと関係者は気配りをするのですが、対局者は敏感に感じ取ります。 まあ、封じ手時刻を過ぎて、精々30分が限度でしょうか。 これ以上長考するには、相当図太い神経が必要です。 従って、もし、目の前の局面が最低1時間は長考したい様な選択肢の多い局面だったら、嫌ですね。 焦って封じると、必ず悔いが残る。 こんなことは、タイトル戦の経験がなくとも、棋士なら百も承知です。 よって、封じ手時刻30分前に手番の方が封じるのが暗黙の礼儀となる訳です。 封じ手時刻直前に指すなら、それは、喧嘩を売っていると受取られる。 どうでしょうか。 盤外戦術の所以たる背景、雰囲気を感じ取って頂けたでしょうか。 *----------*----------* 【注解】 注1.昭和53年の囲碁棋聖戦 第2期 囲碁 棋聖戦 藤沢秀行棋聖(53歳)vs 加藤正夫本因坊(31歳)戦 持ち時間各9時間 期間:昭和53年1月12日〜3月23日 四冠を保持する挑戦者・加藤正夫(本因坊・十段・碁聖・天元)を迎え、藤沢はたちまち1勝3敗に追い込まれる。 カド番の第5局で藤沢は、2時間57分という大長考を払って加藤の大石を全滅させ、気迫の勝利を挙げた。 最終局でも藤沢は半目差で逃げ切り、大逆転での防衛を果たした。 注2.打ちかけ(封じ手) 打ちかけとは、盤面をそのままにすることで、タイトル戦に限らず一般棋戦でも昼食休憩、 夕食休憩のときに発生する。 この棋聖戦の場合、二日制なので封じ手を行ったことを意味する。 封じ手までの時間は、折半して、お互いの持ち時間から減らす。 注3.私の目には、不思議な光景に映った。 闘っている二人が仲良くし過ぎるのは、どうか。 そもそも、二日制にする必要ないじゃあないか、と言う理由です。 注4.1日目の夕食は、対局者、関係者を含めての会食 囲碁界は違うのでしょうか。 『 ヒカルの碁 』のシーンでは、食事は用意されていません。 *----------*----------* 【参照】 |
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