|
それでは、将棋界の秘蔵のエピソードを紹介しましょう。フフフ 主役は、加藤一二三九段 私は、昔からの”老舗加藤ファン”です。 最近の”俄か加藤ファン”ではありません。エヘン! 第16期 十段戦 中原十段 vs 加藤 第7局 1日目午後4時58分、44手目、局面は▲加藤の手番 【44手目△2二玉まで】 封じ手は午後5時30分。 午後4時58分から考慮に入っていた加藤、いっこうに指す気配がない。 延々と考え、ついに7時。 規定で7時から1時間夕食休憩。急遽、酒はとり外し料理だけの食事。 立会人の原田九段、長谷部八段、それに相手の中原十段ら、 ぼそぼそと、口数少なくコース料理を食べていた姿が思い出される。 午後8時対局再開、加藤は更に考え続け、9時10分にやっと封じ手を行った。 実に3時間12分もの大長考だった。 この間、もう自分は指さないのだから、いる必要もないはずの中原が、律儀に席を外すこともなく、 正座して加藤の指し手を待ち続けていた。 どうです! 皆さんも加藤一二三、中原誠ファンになられたんじゃあないでしょうか。 将棋をあまりご存じない方も、棋士を好きになられたんじゃあないでしょうか。 加藤の頭の中には、盤外戦術の考えなど、微塵もありません。 ただ、ただ、将棋に精魂を注ぎ込んでいるだけ。 人によっては、「 ただの無神経、世間知らず 」「 将棋バカ、変人 」と揶揄するかも知れません。 そうでしょうか? の質問に、即座に「 加藤一二三先生 」と答えています。 NHKのプロフェッショナル仕事の流儀の中でも、「 才能とは継続すること 」という名言を 加藤や有吉の将棋に対する姿勢から学んだと話しています。 私は、この大長考のエピソードは、故・米長邦雄の名言 「 自分にとって関係ない試合でも、相手にとって非常に重要な勝負の場合がある。 そういう時こそ、自分の力を出しきらなければいけない。」 に匹敵する程、誇りある逸話だと思っています。 *----------*----------* 【注解】 第16期 十段戦 七番勝負 第7局 昭和53(1978)年1月9・10日 於:東京将棋会館 ▲加藤一二三棋王(当時 38歳)vs △中原誠十段(当時 四冠。名人・王将・王位 30歳) 以下は故・山田史生氏の『 忘れ得ぬ局面 観戦記者編 』 『 将棋マガジン 』平成3年6月号所収 封じ手は午後5時30分。この時手番だった方が次の手を封じるのだが、たいてい10分前後、 長くても30分ほどの後には封じるのが普通であった。 ところが午後4時58分から考慮に入っていた加藤、いっこうに指す気配がない。 延々と考え、ついに7時。もちろん持ち時間の範囲でどの手に何時間考えようとそれは自由。 しかし一日目の終了は6時前を想定、6時半ごろから食事をする予定で準備を整えてある。 もうこの日は指さないからある程度の酒も出るし、食事もコース料理が出る。 それがまだ封じ手をしないうちに7時になってしまった。 規定で7時から1時間夕食休憩。急遽、酒はとり外し料理だけの食事。 立会人の原田九段、長谷部八段、それに相手の中原十段ら、 ぼそぼそと、口数少なくコース料理を食べていた姿が思い出される。 午後8時対局再開、加藤はさらに考え続け、9時10分にやっと封じ手を行った。 実に3時間12分もの大長考だった。 この間、もう自分は指さないのだから、いる必要もないはずの中原が、律儀に席を外すこともなく、 正座して加藤の指し手を待ち続けていた態度も忘れられない。 それにしても加藤の盤面への集中力、精神力はすごい。 他の思惑など眼中になく、自分の納得いくまで考えぬく姿勢にもまたつくづく感心させられた。 長い盤側生活で夕食休憩後の封じ手というのはこの一例があるのみ。 忘れ得ぬ局面である由縁んだ。 ちなみに加藤の封じ手は▲2五桂。 2日目開始時点で残り時間2時間を割っていた加藤、終盤見損じがあってタイトル奪取ならず。 100手で後手中原十段の勝ち。 |
全体表示
[ リスト ]






しかし、B級2組で2勝8敗ですからね。
かつての名人が2勝しかできない順位戦の恐ろしさですね。
因みに、引退した内藤9段は、B級2組で0勝10敗でした。
私は、NHK杯で羽生5段が初優勝したときの、羽生VS加藤戦での
5二銀が強烈に印象に残っていますね。
2015/3/22(日) 午前 8:32
こんばんは、トリトンさん
有吉九段、内藤九段が引退して、加藤九段が一人頑張っています。
有吉九段が引退前にインタビューで語っていました。
「『晩節を汚す』の言葉は知っている。しかし、私の習った将棋理論
にない大局観の手が発見され、どうしても自分で検証してみたかった。」
と。
将棋が好きなんですねえ。
私なんかだったら、さっさと隠居して、観戦記者を目指しますけどねえ。
2015/3/22(日) 午後 8:44 [ 銀桂一行 ]