|
『 羽生善治と現代 』を立ち読みし、思わずレジへ走った。
ネットで本が購入できるようになって、書店の必要性は半減したかと思いきや、
いや、いや、こう云う体験をすると、近くに大型書店が欲しくなりますね。
昔、近所の書店で立ち読みすると店主がハタキを持って近づいて来ました。
懐かしいですね。そんな店は、アッという間に閉店に追い込まれました。
今じゃあ、大型書店では図書館と見紛うばかりに椅子が置いてあります。
カフェまで用意しているところもあります。
私が思わずレジへ走るほど感銘を受けた箇所は、
『 新・対局日誌 』の中で、河口七段は、三浦六段(当時)の将棋を次のように酷評した。(注1)
「 図は開始七手目の局面。▲1五歩と突いたところだが、こういう手にがっかりさせられるのである。
これは一つのアイデアであることはわかる。
B、Cクラスの棋士なら褒められる。しかし、三浦はそんな器じゃあない。
格にふわさしい、堂々とした指し方をしてもらいたいのだ。
▲1五歩といった変な手を追求するようなことをやっていると、将棋のスケールが小さくなってしまう。」
これに対し、梅田氏は、
今は開始7手目の▲1五歩のような工夫(イノベーション)を
こんな風に酷評する人はもういない。「邪道」という言葉と同様の意味で、
「器」「格」などといった曖昧な概念で他者の将棋を酷評する先輩棋士は、
昔に比べて明らかに減った。
と書いています。
*----------*
約10年前、『 日経ビジネス 』誌上で「大人が若者と接するときのあり方」をテーマに語った
羽生名人の言葉が印象的だった、と梅田氏は述懐している。(注2)
羽生名人談。
「 私は今31歳で、年下の人と対戦する機会が増えて来ました。
そこで思うのは、後輩の将棋はしっかり見なければいけないということです。
その人(若い棋士)の手が分らないことが時々あるんです。
どういう意図で指した一手なのか分らない。対局が終って、あれこれ考えたりしていると、
あっ、こういう方針だったのかと気づくわけです。
できるだけ情報を集め、最新の研究をしているつもりですが、それでもこういうことがある。
恐らく私にも固定観念が形作られているのでしょう。
(中略)
これは綺麗な手であり、これは筋が悪いといった仲間内の共通認識が形成されていく。
このままでは変化に対応できなくなってしまう。
それだけは避けたいですから、若い人達の将棋は極力意識して見るようにしています。」
*----------*
どうです、羽生名人と河口七段の考え方の違い!
雲泥の差でしょう。
羽生名人は、棋界トップでありながら、
若手の四五段クラス(奨励会員も含め)であっても、尊重しています。
理解しようと努めています。
対照的に、河口七段は、
達観した。
悟った。
永遠不滅の正しい真理を見極めた。
という思い込みが顕著です。
老人になると、
「若いモンは・・・」
「昔は・・・」
「俺は経験している。知っている。君達は間違っている。」
と、説教したくなる。
老人の困った煩悩です。
そして、間違った価値観を権威を傘に撒き散らす。
*----------*----------*
【出典】
『 羽生善治と現代 〜だれにも見えない未来をつくる〜 』
梅田望夫著 中公文庫 平成25年2月25日初版
*----------*----------*
【注解】
注1.『 新・対局日誌 』
『 将棋世界 』誌 平成10年10月号 故・河口俊彦七段が執筆者。
平成6年度〜平成7年度、約1年間連載された、観戦記。
注2.羽生名人の言葉が印象的だった。
『 日経ビジネス 』誌 平成14年7月1日号 「若者の才能を解き放て」
羽生善治(31歳)、梅田望夫(41歳)、マネックス証券・松本大社長(38歳)の鼎談。
|
自分ではそんなことがないと思っているのですが冷静に考えてみると完全な老害の部類に属しますワ。
2015/10/2(金) 午前 9:41 [ 棋楽 ]
棋楽さん
私なんか老害の典型です。
感銘を受けたのがその証拠(笑)
2015/10/2(金) 午後 11:26 [ 銀桂一行 ]