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中原は、四段になったのが、昭和40年(1965年)10月1日。 昭和40年度の成績が、7勝2敗なのだが、このうち最初の2戦が三段のとき。 従って、四段昇段後の昭和40年度の成績は、5勝2敗だ。 よって、中原の100局までの成績は、85勝15敗。聡太君と同率だ。 う〜ん、これは難しい。 四段昇段後と云う条件なら、確かにこれが正しい。 しかし、三段のときの対局も「公式戦」である。 昔は古豪新鋭戦、今なら新人王戦である。 公式戦の全記録が、その棋士の生涯記録だとするなら、三段のときの対局も加えなければならない。 私が統計で使用している勝敗は、三段のときのものも含まれている。 色々考えた結果。 今後は、四段昇段後のみの記録に統一することに決めた。 【訂正:100局までの歴代勝率ベスト3】 1位 藤井聡太七段 平成30年7月31日(16歳) 85勝15敗 勝率0.850 1位 中原誠 五段 昭和43年2月20日(20歳) 85勝15敗 勝率0.850 3位 羽生善治四段 昭和62年10月16日(17歳) 78勝22敗 勝率0.780 *----------*----------* 【中原誠永世十段の記録調査】 【中原誠永世十段の四段昇段後通算100局頃の成績】 1965年度 7局 5勝 2敗 1966年度 39局 32勝 7敗 1967年度 55局 47勝 8敗 通算 101局 86勝 15敗 【昭和42年度55局の46局目から55局目までの最後10局の対戦相手と勝敗】 1968年01月12日 ○ 関根茂 第9期王位戦 予選 3回戦 1968年01月22日 ● 山田道美 第11期棋聖戦 タイトル戦 第4局 1968年01月26日 ○ 山本武雄 第22期順位戦 C級1組 1968年01月30日 ● 山田道美 第11期棋聖戦 タイトル戦 第5局 1968年02月08日 ○ 佐藤大五郎 第1回連盟杯戦 2回戦 1968年02月12日 ○ 剱持松二 第16回王座戦 二次予選 決勝 1968年02月20日 ○ 山口英夫 第22期順位戦 C級1組 1968年02月23日 ○ 高島弘光 第22期順位戦 C級1組 1968年03月07日 ○ 佐藤大五郎 第12期棋聖戦 本戦 1回戦 1968年03月29日 ○ 剱持松二 第9期王位戦 予選 決勝 中原の100局目の対局は、1968年03月07日 佐藤大五郎戦となる。 従って、1967年度末の最後の1局が白星なので、中原の100局までの成績は、85勝15敗。
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