|
「 気になる将棋 」とは、棋士が、将棋ソフトを研究のパートナーとして、本格的に活用した結果、 勝ったのではないか、と思われる将棋のこと。 第1例は、第72期C級1組5回戦 菅井五段vs神谷七段戦である。 今回紹介するのは、昨年のA級順位戦 ▲屋敷九段 vs △渡辺竜王戦で第2例目となる。 トップ棋士の証、あるいは通行手形は、どうも「 意地 」と「 プライド 」の様な気がする。 相手が研究十分とみても、避けたりしない。 渡辺の場合、後手番で角換腰掛銀、相矢倉を避けないのが、その典型である。 91手目▲8一飛成の局面。(図1.) 当時「91手定跡」と呼ばれ、相矢倉の最前線で、重要な課題局面だったことはご存知と思います。 しかし、本局が決定版となったらしく、以後、公式戦で出現していません。 【図1. 91手目▲8一飛成まで】 過去の実戦例は、いずれも2011年9月に指された将棋で先手全勝。(注1.) 渡辺と屋敷の名前があり、2人はこの形におけるスペシャリストだったことが分る。 従って、本局は「 指定局面エックス 」王者決定戦みたいなものだった。 93手目▲4一龍。(注2.) 94手目△4二歩打。(注3.) 次の屋敷の95手目▲3四歩が、渡辺にとって盲点だったそうだ。 事前の研究では▲4五桂を本線に調べていたという。 そして、 おそらく、この方が遥かに盲点だったのではないか。(注4.) ▲1一銀は、人間が研究した場合、候補手に入らないだろう。 詰将棋なら名作になる様な手だ。 この手で負かされたら、悔し過ぎる。 98手目必然の△1三玉に99手目▲3六桂。 後手は適当な受けがない。 この▲3六桂が決め手。 結果、先手屋敷が119手で勝った。 *----------*----------* さて、ここからが本題。 この将棋は、91手目から進んで99手目で勝敗が決した。 すなわち、僅か8手間の勝負だった。 しかし、僅か8手間とは言え、「 場合の数 」(=変化局面数)は膨大な数に上る。 それを表にしたのが図2.である。 【図2. 91手目〜98手目の場合の数】 先ず、91手目(図1.)の局面だけでも、後手がルール上指せる手は、293通りある。 Aランクと思われる指し手が、3通り。(注5.) B〜Dランクと思われる指し手が、13通り。 以下、92手目のAランクが3通り、93手目のAランクが2通り、と続く。 そして、91手目〜98手目のAランクだけの「 場合の数 」を計算すると、2,592通りに上る。 Aランクだけで。 しかし、この程度の数なら、将棋ソフトは1秒で読み切れる。 ここから更に10手位進めても、1分もあれば読み切る範囲だ。 人間には到底不可能な領域だ。 しかも、96手目の次の候補手には、▲1一銀は、入っていないのである。 ▲1一銀は、取敢えずDランクに入れたが、本来ならYランクだ。(注6.) 96手目△1四歩の局面が初見なら、次の一手に▲1一銀は絶対浮かばない。 屋敷九段も▲1一銀を自力で発見したとは思えないのだ。 将棋ソフトが発見したのだと思う。 95手目▲3四歩〜▲1一銀の手順で、将棋ソフトに負かされたのではないか。 私の推測だが、屋敷は、最低数時間から、長ければ丸一日、検討したはずである。(注7.) 棋士仲間と数時間研究しても、この▲3四歩〜▲1一銀は発見できなかっただろう。 本局は、屋敷九段が、明らかに「 指定局面エックス 」から将棋ソフトで研究し、渡辺竜王に勝った 将棋だと断定する。 但し、前述したように、相当な労力をかけ、研究した成果だ。 では、私達アマも最強将棋ソフトで研究すれば、トッププロに勝てるか? それは不可能だ。 同じプロが、最強将棋ソフトで研究するからこそ、トッププロに勝てるのだ。 【 総括 】 たとえ91手まで前例があろうと、人間同士だけなら、終局まで形勢は二転三転する。 しかし、将棋ソフトの読み切れる範囲であれば、勝敗は確定する。 「 指定局面エックス 」の勝敗が確定しておれば、それは詰将棋の作品と同じだ。 難解でも、必ず勝ちがある。 相手の指し手の変化は、単なる応用問題だ。 それを解く棋力さえあれば、勝てるのだ。 この勝ち方を非難する老棋士や将棋関係者、ファンの方も居るであろう。 しかし、対局中のカンニングでない限り、この流れは止められない。 *----------*----------* 【注解】 注1.過去の実戦例 図1.以下 [2012年9月6日 棋王戦 ▲屋敷九段vs△松尾歩七段] △2四歩▲4五桂△4三金▲4一竜△4二金打▲3一銀。 [2012年9月14日 棋王戦 ▲渡辺竜王vs△三浦弘行八段] △1四歩▲3七桂△2八飛▲2五桂△同飛成▲2七歩。 [2012年9月28日 王将戦 ▲渡辺竜王vs△豊島将之七段] △4三金▲4五桂△1四歩▲4一竜△8六桂。 注2.93手目▲4一龍 ▲渡辺vs△豊島戦は、▲4五桂△1四歩▲4一竜△8六桂だった。 ▲4一竜は▲屋敷vs△松尾戦の感想戦でも検討されていたが結論は出ていない。 注3.94手目△4二歩打 感想戦で、代えて△3三玉▲4五桂△4四玉▲3二竜△3六飛▲3五歩が検討されたが、 渡辺は「駒を取られながらの入玉になりそうなので」と自信がない様子だった。 注4.遥かに盲点だったのではないか。 下から追いかける▲1一銀打は、「王手は追う手」という諺通りの指し難い手。 同じ下から追うにしても普通は▲3一銀だ。 渡辺は、感想戦で「△4三金の形だとこれで寄ってしまうんですね」と認めていた。 注5.Aランク このランクは、WEB棋譜速報で解説された指し手を中心に、解説に無いものは私見による選出。 注6.Yランク 私のランク付けで、例えば、91手目▲8一飛成の局面(図1.)で、△1二桂の様な、次に一手で詰まさ れる手をZランク。△1九香成とか△9二桂打とか、全く無意味な手をYランクとした。 注7.最低数時間から、長ければ丸一日 ▲1一銀の分、1手増えるので「 場合の数 」は72通りではなく、144通りとなる。 144通りの局面を1つ1つ自分が納得いく様に検討しなけらばならないのだ。 91手目〜98手目の僅か8手間だけである。 98手目が決め手とは言え、それ以降も、我々アマ二三段では、到底、勝ちきれない様な寄せなのだ。 変化局面で、他にも▲1一銀の様な予測に無い手が潜んでおれば、更に「場合の数」は増える。 推測だが、屋敷の「指定局面エックス」における研究時間は、最低数時間から長ければ丸一日だろう。 *----------*----------* 【今回取上げた対局】 第71期 順位戦A級 5回戦。▲屋敷伸之九段(40歳)vs △渡辺明竜王(28歳) 対局日:2012年11月5日 対局場:東京・将棋会館「特別対局室」 リーグ成績:屋敷 2勝2敗、渡辺 3勝1敗 対戦成績は屋敷3勝、渡辺7勝。直近の対戦は前期の順位戦。 2005年6月から現在まで渡辺が5連勝している。 結果は、119手で先手屋敷の勝ち。 終局時刻19時59分。消費時間▲屋敷4時間45分、△渡辺2時間30分(持ち時間各6時間) リーグ成績は両者とも3勝2敗となった。 なお、年齢、冠位、段位は当時のものです。
|
気になる将棋
[ リスト | 詳細 ]
|
本局の菅井五段の勝ち方、一連の手順を見て、皆さんは何か感じただろうか。 菅井が、飛車を切った局面。(図1.) 【図1. 51手目▲8三同飛成まで】 連続王手で玉を引っ張り出して、▲7八金と手を戻して胸を張った局面。 【図2. 59手目▲7八金まで】 持ち駒は、僅か銀と歩である。 この後、4手で終局するが、菅井の消費時間は、僅か1時間37分である。(持ち時間6時間) この一連の寄せを全て当日に考えたとは思えない。 大体から手順が人間技ではない。 将棋ソフトが寄せを読み切ったときの匂いがプンプンする。 将棋界は今、大きなうねりを迎えていると思う。 それは、観戦記者が、遠慮して書かないので、ほとんど表面化していないのではないか。 始まったのは、渡辺竜王vsボナンザ戦の2007年3月か、 あるいは、「 清水女流vsあから 」戦の2010年10月か。 何かと言うと プロ棋士が、将棋ソフトを研究のパートナーとして、本格的に使い出した。と言うことなのだ。 今回紹介した菅井vs神谷戦の菅井の指し手は、序盤は完全に彼独特の構想に因るものだ。 しかし、終盤に関しては、将棋ソフトで入念に詰みの有無をチェックしてあるのではないか、 と思うのだ。 勿論、中盤から終盤まで、全く同一手順と言うことは考え難い。 相手の神谷が想定した通りに指したとは思えない。 しかし、左半分(5筋から9筋)の形は、凡その研究範囲内だったのではないか。 そして、大体この形だったら、飛車を切っても大丈夫だという確信があったのではないか。 「 将棋ソフトを研究のパートナーとして利用する 」ことについては、10年前に既に羽生さんが 予言していた。 チェスの世界では、常識になっていたからだ。 将棋ソフトで充分研究した成果として白星を挙げたであろう将棋は、他にもある。 今後、「 気になる将棋 」シリーズとして順次紹介していこうと思う。 本局は、その第1例とする。 *----------*----------* 【追記】 神谷は、51手目▲8三同飛成を見た瞬間、おそらく戦意喪失したのだろう。 私の調べたところ、△8六歩に代えて△7四銀としておれば、難しかった。 人間は、戦意喪失すると、まだ頑張れる局面なのに、浅い読みしか出来なくなる。 まるで、アマ二三段程度の手だ。 神谷ほどのベテランでさえ、こんな手しか思い浮かばないのだ。 私は神谷を批判しているのではない。 こんな例は沢山ある。 敗着が「 投了 」だったなんてのもある。 「この局面、諦めてはいけません。」と出題されたら、神谷なら瞬時に思い浮かんだだろう。 詰将棋は「詰みがあります。」という前提だから、詰み手順を探す。 実戦で詰みを逃すケースは数え切れない。 ところが、将棋ソフトは、簡単に諦めない。 どんなに非勢な局面でも最善手を探してくる。 ここが、人間と大きく違う点の一つだ。 谷川会長に と名言を吐かせたのも、この背景があるからだ。 *----------*----------* 【ニュース冒頭】 2013年10月21日 第72期C級1組順位戦 5回戦 ▲菅井竜也(すがい たつや)五段(21歳)vs △神谷広志(かみや ひろし)七段(52歳)戦が 関西将棋会館で行われ、63手で先手菅井が勝った。 終了時刻は16時59分。消費時間は▲菅井1時間37分、△神谷4時間2分。
勝った菅井は5連勝、敗れた神谷は1勝4敗となった。 |
|
早速だが、昨日の宿題。 44手目神谷が、△6四角と先手の攻めを牽制した局面。(図1.) 【図1. 44手目△6四角まで】 7五の歩を守るような手を考えると次の一手は当らない。 【図2. 45手目▲8四歩まで】 この手は、控え室も予想していた。 ▲8四歩から突っ込んで行くと、銀が助からないことは、私でも一目だが・・・ 図2以下 △8四同歩▲同銀 △8三歩 ▲同銀成 △同銀(図3.) 【図3. 50手目△8三同銀まで】 対局は関西将棋会館。 控え室には、豊島七段、稲葉七段を始め若手が数人居たのである。 しかし、この次の一手は、全く誰も予想していなかった。 【図4. 51手目▲8三同飛成まで】 もし、この飛車切りを予想できた人は、プロ級のセンスを備えていると自慢してよい。 △同玉の局面は、先手飛車の丸損である。 図4以下 ▲8三同飛成 △同玉 ▲6一角 △8四玉 ▲8五歩 △7五玉 ▲7六歩 △同玉 ▲7八金(図3.) 【図5. 59手目▲7八金まで】 後手、凌ぐ手がいくらでもありそうだし、凌ぐどころか、勝ち筋だってあるのではないか? しかし、神谷は、この4手後に投了した。 図5以下 △8六歩 ▲7七金 △8五玉 ▲8三角成まで 63手で先手勝ち。 この▲7八金まで自力で読めた人は、タイトルホルダー並みのセンスを備えている。 神谷は、51手目▲8三同飛成を見た瞬間、おそらく戦意喪失したのだろう。 感想戦の内容が書かれて無かったので、詳らかでないが、私の調べたところ、 △8六歩に代えて△7四銀としておれば、難しかったと思う。 しかし、問題は、細かい指し手の善悪ではない。 菅井五段の本局の勝ち方、一連の手順を見て、皆さんは何か感じないだろうか。 それが、今回、この将棋を紹介した理由である。 続きは、明日のブログで。 *----------*----------* 【ニュース冒頭】 2013年10月21日 第72期C級1組順位戦 5回戦 ▲菅井竜也(すがい たつや)五段(21歳)vs △神谷広志(かみや ひろし)七段(52歳)戦が 関西将棋会館で行われ、63手で先手菅井が勝った。 終了時刻は16時59分。消費時間は▲菅井1時間37分、△神谷4時間2分。
勝った菅井は5連勝、敗れた神谷は1勝4敗となった。 |
|
菅井五段の将棋は、天才肌である。 関西には、山崎隆之七段という元天才肌、いや失礼、元祖天才肌もいる。 人材豊富なのである。 天才肌とは、天才に劣るのかと言うとそうではない。 あまり天才、天才と呼ぶと、天才のバーゲンセールみたいなので、控え目に書いただけだ。 菅井も山崎も、斬新で個性的な将棋を指す。 81枡、40枚の駒で、斬新とか個性的なんて、なかなか表現できるものではない。 厳しい勝負の中で、表現可能な者は数人しか居ない。 この2人は、その数人の中でも秀でている。 どんなに忙しくても、チェックしておかなければならない棋士だ。 *----------*----------* さて、昨日の宿題。 24手目神谷が、△3四金と先手の2五歩をパクリに来た局面。(図1.) 【図1. 24手目△3四金まで】 ここは、色々な指し方がある。 方針や大局観で大きく分かれ、神様でも、個性が出るところかも知れない。 と、昨日書いた。 先手菅井は、どう応じたか? 【図2. 25手目▲8五歩まで】 どうです! こう指すもんなんですねえ。 勿論、▲8五歩に代て▲7八玉も、立派な一手です。 ▲1六歩もあるかも知れません。 まあ、△3四金と上がられてから考えているようじゃあ、遅いんであって、 2六に飛車を浮いた時点からの構想でしょうけどね。 図2以下 △2五金 ▲4六飛 △4三銀 ▲7五歩 △5二金 ▲8六飛 △8二銀 ▲8四歩 △同歩 ▲同飛 △8三歩 ▲8六飛 △2四金 ▲7六銀 △3六歩 ▲8五銀 △3七歩成▲同桂 △6四角(図3.) 【図3. 44手目△6四角まで】 先手の狙いは非常に解り易い。 これは、サウスポーの棒銀です。 44手目神谷の△6四角に、菅井は、どう応じたか? ここから10手先まで自力で読めたらプロ級でしょうねえ。 答えは、明日のブログで。 *----------*----------* 【今回取上げた将棋】 2013年10月21日 第72期C級1組順位戦 5回戦 ▲菅井竜也(すがい たつや)五段(21歳)vs △神谷広志(かみや ひろし)七段(52歳)戦が 関西将棋会館で行われ、63手で先手菅井が勝った。 終了時刻は16時59分。消費時間は▲菅井1時間37分、△神谷4時間2分。
勝った菅井は5連勝、敗れた神谷は1勝4敗となった。 |
|
菅井五段は、期待の若手である。 どんなに忙しくても、チェックしておかなければならない棋士の一人だ。 いや、私でなく、トップ棋士が、だ。 まあ、昔の藤井猛九段のような存在だ。 彼の新手によって、将棋の序盤作戦が大きく変えられる可能性が高いのだ。 彼は、来年3月から始まる第3回 電王戦に出場する。(注1.) その発表が行われた『 ニコニコ生放送 』で、 「 これからはコンピュータが強くなると言う意見の方が多いと思うんですけど、 自分は十年ぐらいしたら人間の方が強いんじゃあないのかな、と思いますね。」 と言ってのけたのだ。 オオーッ! 拍手!拍手! おそらくこの言葉に頷いたのは、故・米長邦雄永世棋聖だけではないか。 今回紹介する将棋は、その彼の言葉を裏付けるかの様な指し回しなのだ。 篤とご覧あれ。 序盤、振飛車党である先手菅井は、3手目▲2六歩としたのに対して、後手神谷は、4手目△3三角と 趣向を凝らし、角交換向飛車となった。 そして、迎えて24手目後手神谷は、△3四金と先手の2五歩をパクリに来た。(図1.) 【図1. 24手目△3四金まで】 さて、先手菅井は、どう応じたか? この局面では、どれが正解というものではなく、色々な指し方がある。 方針や大局観で大きく分かれる。 神様でも、個性が表れるところかも知れない。 考えて頂きたい。 答えは、明日のブログで。 *----------*----------* 【語彙説明】 「 篤とご覧あれ 」は、「とくとごらんあれ」と読む。じっくりご覧下さいの意味。 *----------*----------* 【注解】 注1.第3回 電王戦 出場棋士発表 2013年10月7日 開演15:00〜16:15 『ニコニコ生放送』 【出場棋士】 屋敷伸之 九段 森下 卓 九段 豊島将之 七段 佐藤神哉 六段 菅井竜也 五段 *----------*----------* 【今回取上げた将棋】 2013年10月21日 第72期C級1組順位戦 5回戦 ▲菅井竜也(すがい たつや)五段(21歳)vs △神谷広志(かみや ひろし)七段(52歳)戦が 関西将棋会館で行われ、63手で先手菅井が勝った。 終了時刻は16時59分。消費時間は▲菅井1時間37分、△神谷4時間2分。
勝った菅井は5連勝、敗れた神谷は1勝4敗となった。 |





