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以前、三段リーグに在籍中の都成竜馬と宮本広志を紹介した。(敬称略) 進行中の第54回三段リーグも、残り2局、最終例会が3月8日(土)に行われる。 前日の3月7日に「 将棋界の一番長い日 」ことA級順位戦最終局が行われる。(注1.) 将棋界で最も注目されるイベントの一つだ。 しかし、奨励会員にとっての「 一番長い日 」は、年2回ある三段リーグ最終例会だろう。 A級と同じくらい楽しみにしている。 さて、私の注目はする三段は、都成と宮本の両名だけではない。 他にも、星野良生、西田拓也、杉本和陽の3人がいる。 13勝しながら昇段出来なかった例の中に、この3人と宮本を加えた4人が挙がっていたからだ。 「 13勝出来る者は、後々であろうと必ず昇段する。」 この法則を守って貰わないと困るのである。フフフ 私としては、是非とも、この4人に昇段して欲しいのである。はい。 更に、増田康宏(15歳)が注目だ。 16歳以下で昇段すれば天才型だ。 よって、合計6名。 12月15日、9回戦終了時点で、次のような順位になっていた。(抜け番の関係で対局数が異なる。) 【第54回三段リーグ 一部抜粋】 この時点で、慶田、大橋 、高野の3人が7勝で、続いて、西田、星野、宮本は6勝2敗。 都成 5勝3敗。増田、杉本 3勝5敗。 私の応援する6人は、どうも雲行きが怪しい。 新人王の都成は一体どうしたことか。 3敗は苦しい。 せめて2敗に留めないと・・・ 前半6勝2敗の3人は、後半7勝3敗が必要だ。 これは大いに可能性がある。 5勝3敗の都成は、開始順位(旧順位)12位なので、後半8勝2敗が最低条件。 厳しい状況だ。 増田、杉本は、圏外。 ところが、16回戦を終って見ると、 【第54回三段リーグ 一部抜粋】 星野が12勝で単独トップ。 宮本、大橋、梶浦が、11勝でこれを追う。 驚いたことに、星野、宮本がツートップだ! ヤッタア! カモン!カモン! 前半戦上位3人の星が伸びていず、結局、13勝を巡る争いになっている。 面白い! あらためて14勝のハードルは簡単に越せないことが証明された。 星野は開始順位2位なので、ほぼ当確。 1勝すれば自力、2連敗しても昇段する可能性が高い。 宮本、大橋、梶浦は、1勝では頭ハネを喰らう可能性大だ。 2勝が必須だ。 西田以下5人も、2勝すれば可能性はある、とは言うものの前の3人が全敗してくれないと昇段できない。 直接対決が無いので、残念ながら絶望と言える。 解りやすく昇段の確率をパーセンテージで表すと、 星野 93.5% 宮本 36.9% 大橋 24.3% 梶浦 16.7% 西田 13.2% 慶田 7.9% 福間 5.9% 以下、都成、増田の2人は、1%未満である。(注2.) 3月8日、今週土曜日、「 奨励会の一番長い日 」 結果は如何に! A級と同じくらいワクワクする。 *----------*----------* 【追記】 9勝の増田にも、一縷の望みがある。 開始順位3位が利いている。 恐ろしいものだ。 前期の成績がものを言っている。 継続するリーグ戦で消化試合が無いのはこれがあるからだ。 今期の1勝は、来期の1勝。 順位1つは、白星1つ。 同じ11勝でも、開始順位9位の宮本と32位の梶浦では、天と地の差だ。 杉本も猛ラッシュを掛けたのだが、前半が悪過ぎた。 逆に前半戦3位だった高野は、大失速。 *----------*----------* 【第54回三段リーグ】 2013年10月〜2014年3月 メンバー39名 最年少15歳、最年長28歳 *----------*----------* 【プロフィール】 都成 竜馬(となり りゅうま) 1990年1月17日生、24歳 出身地 宮崎県 師匠 谷川浩司九段 宮本 広志(みやもと ひろし) 1986年1月27日生、28歳。リーグ最年長。 出身地 大阪府 師匠 森安正幸七段 星野良生(ほしのよしたか) 1988年8月10日生、25歳 出身地 埼玉県 師匠 西村一義九段 星野は5年前の新人王戦で佐藤天彦(現七段)と決勝戦を争ったことで記憶に残っている。 第39回(2008年)新人王戦 決勝戦 佐藤天彦四段 2−0 星野良生三段 また、ゴキゲン中飛車対策の超速3七銀戦法の発案者として勝又六段が、折に触れ紹介している。 西田拓也 生年月日 不明。22歳 出身地 京都府 師匠 森信雄七段 慶田義法 生年月日 不明。21歳 出身地 兵庫県 師匠 井上慶太八段 福間健太 生年月日 不明。24歳 出身地 大阪府 師匠 伊藤博文六段 大橋貴洸 生年月日 不明。21歳 出身地 東京都 師匠 所司和晴七段 梶浦宏孝 生年月日 不明。18歳 出身地 東京都 師匠 鈴木大介八段 高野智史 生年月日 不明。19歳 出身地 埼玉県 師匠 木村一基八段 杉本和陽 1991年9月1日生、22歳 出身地 東京都 師匠 伊藤能 増田康宏 生年月日 不明。15歳。リーグ最年少。 出身地 東京都 師匠 森下卓九段 *----------*----------* 【注解】 注1.「 将棋界の一番長い日 」とは、A級から陥落する運命の2名が決まる最終回。 陥落に絡む棋士が、瀬戸際の血の滲むような戦いを繰り広げる。 陥落と言う悲壮な戦いでありながら、見守る棋士達は、皆、尊敬の念を抱いており、いつか自分もあの席に座り、注目されたいと願う。 語源は、大宅壮一著『日本のいちばん長い日』(文藝春秋社 初版1965年)である。 東宝創立35周年記念作品として1967年(昭和42年)に映画化にもなった。 タイトルの「日本のいちばん長い日」とは、昭和天皇や閣僚たちが御前会議において降伏を決定した1945年(昭和20年)8月14日の正午から、国民に対してラジオ(日本放送協会)の玉音放送を通じてポツダム宣言の受諾を知らせる8月15日正午までの24時間を指している。 注2.昇段の確率 この確率は、対戦相手及び抜け番も考慮して計算している。 *----------*----------* 【参照】 |
奨励会三段リーグの統計
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無事、三段リーグを突破して棋士になっても、皆が皆、活躍をしている訳ではない。 果してどの様な成績を残しているのだろうか。 棋士の現役年数と段位の関係を調べてみた。 段位は、九段が最高であり、羽生三冠のように80期以上もタイトルを獲得しても、九段である。 これでは比較できないので、仮説段位を設定した。 その仮説段位基準表が、下の欄の表3である。 これに基づいて、四段昇段後、10年以上経過した棋士127名の段位を再度設定し直した。 その結果、羽生三冠は24段、谷川は18段、森内、佐藤、渡辺は15段となった。 異論やご不満がお有りかと思うが、お赦し願う。 分布図にしたのが、図1である。 〔図1. 年数と仮説段位の関係〕 殆どが七段クラスで棋士人生を終えることが解るだろう。 羽生、谷川、渡辺、佐藤、森内を代表するようなAパターン棋士は、127名中僅か8名である。 A級まで昇り、その後、徐々に下降をみせるBパターン棋士を含めても2割程度である。 約8割は、Cパターン棋士である。 最高B級2組ぐらいまで行って、後は下降線を辿る。 もう少し詳しく見て見よう。 表1は、四段昇段時の年齢毎に仮説段位別に127名を分類したものである。 〔表1. 四段年齢別仮説段別人数〕 皆さん、ご存知の様に、棋士に成るのが若ければ若いほど、将来大活躍する。 この伝説は、やはり本当である。 表を見れば解る。 16歳以下で四段になった者は、必ず、タイトル奪取すると断言できる。「 中学生棋士 」と評判になるのは、この法則があるからだ。 17歳で四段になった者は、最低八段になれる。 18歳で四段になった者も、大概八段になれる。 しかし、19歳からは半々である。 20歳を超えて四段になった者は、タイトル奪取もA級も不可能である。 そんなあ! と、顔を背けられるかも知れないが、厳然たる事実である。 前にも説明したが、20歳を超えて四段になり、タイトル奪取したのは、高橋九段と藤井九段の2人だけである。 20歳で四段になり、A級へ昇級したのは、他に鈴木大介八段がいる。 21歳を超えて四段になり、A級へ昇級したのは、木村八段唯一人である。(注2.) 彼ら4人は、例外である。 従って、 17歳までに三段リーグを突破できなければ、タイトルは望めない。 19歳までに三段リーグを突破できなければ、A級にはなれない。 よって、奨励会員は、高校2年生で大学進学の最後の決断をすべきである。 *----------*----------* 【グラフの説明】 今回の統計は、今までとは違う期間を対象としている。 1976年(昭和51年)以降四段昇段し、10年以上経過した棋士127名を対象として調べた。 ( 2014年1月31日現在 ) 従って、大山、升田、中原、米長などは含まれず、丁度、谷川世代以降から渡辺世代までが対象となる。 よって、四段昇段後、40年近く経つ人と10年しか経過していない人が混在する。 近年で最も出世したのは、言わずと知れた渡辺明である。昇段後14年で15段である。 引退した棋士は、自身の生涯最高段位であり、若い棋士は発展途上であり低い段位となる。 従って、必ずしも実力を表しているものではない。 A、B、Cの折線は、順位戦の在籍クラスに応じて段位を変化させた値を表したもので、 各年の実力を表している。 サンプルにしたのは、127名の対象者と関係なく、 Aタイプ=大山十五世、中原十六世をイメージした線である。 Bタイプ=順位戦A級に21年在籍し、55年間現役だった棋士 Cタイプ=最高B級2組で七段になり、30年間現役だった棋士を描いた。 *----------*----------* 【表1の説明】 羽生、谷川、渡辺、佐藤、森内を代表するようなAパターン棋士は、127名中僅か8名、6.3%である。 A級に5期以上在籍し、タイトルを2期以上取った者を含めると、19名、15%。 一度でもA級に昇り、一度でもタイトルを取ったものは、27名、21.3%。 残り約80%が、A級にも、タイトルにも縁がなかった者である。 この80%の中には、四段になってから10年余りの若手も居る。 よって、ここで評価するには早計だと指摘されるかも知れないが、 あとA級に上がってくる可能性のある棋士は、3人程度だ。 具体的には、阿久津七段、山崎八段、村山六段だ。(注1.) 大勢に影響はない。 *----------*----------* 【段位】 段位は、将棋連盟で決められた規定によって昇段する。(表2参照) 〔表2. 昇段規定表〕 一旦昇段した段位は、下がることはない。 よって、実力が衰えても、自身の最高段位のままである。 また、勝ち星を重ねると規定により段位が上がるので、実際の順位戦クラスは下位でも六段七段が可能である。 段位は、九段が最高であり、タイトルを一度も獲得することなく九段の棋士も居れば、羽生三冠のように 80期以上もタイトルを獲得しても、九段である。 これでは比較できないので、現在の段位、引退時の段位(贈位は除く)に加えて、タイトル獲得数や A級在籍期間に応じて段位をプラスして、仮説段位を設定した。 その仮説段位基準表が、次の表3である。 〔表3. 仮説段位基準表〕 *----------*----------* 【注解】 注1.阿久津七段、山崎八段、村山六段 阿久津は、4月からA級なので、この統計ではまだB級1組扱い。 ちなみに広瀬章人は2005年4月、佐藤天彦は2006年10月、片上大輔2004年4月に四段なので、対象外。 注2.高橋九段、藤井九段、鈴木八段、木村八段 藤井猛九段は、20歳6カ月の四段。竜王3期、一般棋戦で7回優勝。 第1回三段リーグ以降、20歳を過ぎて棋士になった者がタイトルを奪取したのは、彼のみ。 谷川世代にまで遡ると、高橋道雄九段がいる。20歳1カ月の四段。 十段、王位、棋王など計5期、一般棋戦で3回優勝。 20歳を過ぎて棋士になった者の中に、一般棋戦での優勝は、この2人以外にもいるが、七大タイトルでは 高橋と藤井だけだ。 鈴木大介八段は、20歳2カ月での四段。タイトルこそ取っていないがA級は、3人目。 127名中、20歳以上でのA級は、4名だけである。 *----------*----------* 【参考】 その1。はじめに
三段リーグ。その2。勝数 三段リーグ。その3。在籍期間 三段リーグ。その4。続・在籍期間 三段リーグ。その5。在籍期間と勝率 三段リーグ。その6。タイプ別 三段リーグ。その7。天才型糸谷 三段リーグ。その8。秀才型鈴木 三段リーグ。その9。晩成型西川 三段リーグ。その10。我慢型斉藤、佐藤天 三段リーグ。その11。努力型木村 三段リーグ。その12。爆発型 三段リーグ。その13。ラッキー型 三段リーグ。その14。特異な人。伊藤 三段リーグ。その15。在籍者。宮本 三段リーグ。その16。在籍者。都成 三段リーグ。その17。大卒棋士 三段リーグ。その18。10年後 三段リーグ。その19。第54回 三段リーグ。その20。星野、宮本が新四段に! その21。特異な人。1期抜け その22。特異な人。阿部光瑠 その23。特異な人。三浦 その24。特異な人。片上 その25。総括 追伸その1 追伸その2 第59回最終例会。藤井新四段誕生! |
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先崎学八段は、中卒なのだが、著書も多く博学で文章家であることは知られている。 その彼が、大学に進学する人生もあったかなあ、と数年前に、やや自嘲とも、憧れとも思える 心境をコラムに書いていた。(注1.) 山崎隆之八段は、糸谷、豊島などの若手を見て、三四段時代、もう少し真面目に将棋に取組んでいれば 良かったと後悔していた。(注2.) それは、将棋だけではなく、学校の勉強も頑張れば良かったという反省もあったようだ。 関西将棋界では、辛口で知られる実直な阿部隆八段でさえ、若手を「 先生 」と呼んでいた。 最初は、皮肉かと思ったが、久保利明九段も同じように「教えて貰っている」と尊敬の念を隠さなかったので 本気だと解った。 将棋界の大卒棋士はどれくらいいるか。(注3.) 最近の大卒の棋士は次の表の通り。 私の知る限り、ここ20年で12名いた。 その内訳は、 大学入学前に四段 4名 大学在学中に四段 4名 大学卒業後に四段 4名 この中で、特に入学前に四段になった北浜と広瀬は、高校3年生時の三段リーグを突破しているのだ。 大学入試勉強と並行している時期だ。 糸谷と中村は、高校2年生後半の三段リーグを突破して、3年生の時、初のC級2組を戦っている。 糸谷六段は、翌年、大阪大学(国立)の入試に合格。 現役棋士が、国立大学に入学したのは、初めてでニュースになった。 そして、現在、糸谷は大学院へ進学、在籍中だ。 片上六段は、東京大学(国立)在学中に四段となり、これもニュースになった。 中村は、在学中、論文コンクールで優秀な成績を収め、政経スカラシップを授与されている。(注4.) 秀才とかのレベルではない。 本当の天才達だ。 昔、故・米長邦雄永世棋聖が、高校進学を師匠に告げると怒鳴られたそうである。 昭和35年頃の話である。 高校進学である。大学進学ではない。 大学入試より難しい四段昇段と勉学を両立なんて到底不可能だというのが理由だ。 だから昭和40年代以前の棋士は、大抵、中卒である。 今、人間国宝の落語家・桂米朝も大卒であるが、当時は、「 学士さん 」と軽んじられた。 職人、芸人は、学校の勉強を必要としない、むしろ邪魔だという空気があった。 当時は、将棋界も同じ考え方があったようだ。 しかし、両立することを今の棋士は立証している。 現代の奨励会の棋力レベルは、昔より遥かに高い。 にも拘わらず、将棋と大学入試勉強を両立させられる本当の天才が将棋界へ入って来ているのだ。そんな彼らの中で勝ち抜こうと思えば、同じ様に大学進学を目指さなければならない。(強引かな?) 将棋と勉学の両方を克服できない様であれば、所詮、三段リーグを突破することは叶わない。 よしんば、棋士に成ったとしても、その後の活躍は覚束ない。 従って、棋士に成れなかった保険として、また、自分の能力を試す為にも、 棋士を目指す者は、大学進学を考えるべきではないか、と、半ばこじつけ気味に思う。 さて、ここで幸せとは何かを考える。 名人を夢見て奨励会に入り、18歳までに四段に成れれば良い。幸せだ。 しかし、20歳を過ぎて四段ならタイトル奪取は無理。 21歳を過ぎたら、もうA級は望めない。 26歳とか29歳で、やっと四段昇段して、それで満足なのか? 幸せなのか? 何歳だろうと棋士に成りさえすれば幸せだと怒る人は、勿論、それで良い。 あるいは、その後のビジョンをきちんと描いていると反論する人も、全く問題ない。 余計なお世話かも知れないが、夢破れたとき、大きな挫折だけはしないで欲しいと願う。 否、挫折も、また、人生の醍醐味か・・・ *----------*----------* 【追記 2014.3.23】 大卒・中退棋士は他にも居た。 伊藤真吾 亜細亜大学卒 瀬川晶司 神奈川大学卒 *----------*----------* 【注解】 注1.コラムで書いていた。 『先ちゃんの浮いたり沈んだり』「東大生のノートは〜」 文:先崎学八段 『週刊文春』2009年9月3日号 注2.山崎隆之八段は・・・後悔していた。 第57期王座挑戦者となった山崎隆之七段へのインタビューの中での談話 『将棋世界』誌 2009年10月号 注3.将棋界の大卒棋士 大卒棋士第1号は、故・加藤治郎名誉九段である。(早稲田大学卒)
(かとう じろう、1910年6月1日 - 1996年11月3日、86歳没)
彼の観戦記は名文として坂口安吾から激賞され、将棋の理論的分析は菊池寛から高い評価を受けたらしい。 次が早稲田大学中退の加藤一二三九段、中央大学中退の故・米長邦雄永世棋聖だろうか。 注4.中村は、・・・政経スカラシップを授与された。 中村太地は、2007年、早稲田大学政治経済学部に進学。在学中、論文コンクールで優秀な成績を収め、 2010年3月25日、同大学の政治経済学術院奨学金(政経スカラシップ)を授与される。 論文名は、『無党派層の政党好感度 政策と業績評価からのアプローチ』。 *----------*----------* 【参照】 |
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前回、三段リーグに在籍中の宮本広志を紹介した。(以下敬称略) 今回は、都成竜馬。24歳。 皆さんご存知の”時の人”だ。 新人王戦史上初の三段で優勝した。 過去、決勝戦に進出した三段は居たのだが、優勝は初の快挙。 ニュースになった。 まあ、それより何より、私が以前から注目ていた理由は、名前だ。 まるで漫画の主人公のような名前ではないか。 将棋盤の5五の位置を「 都 」(みやこ)と呼ぶ。 囲碁盤で言えば天元だ。 「成」(なり)とは、敵陣に入ったときに駒が出世すること。 「竜馬」とは、角が敵陣に入って出世した姿。 要するに、5五馬という意味。 その上、「竜馬」は当然、幕末の志士、坂本竜馬を連想させる。 この将棋の申し子のような名前を付けたご両親の期待のほどが伺える。 なんとか四段へ昇段して欲しいものだ。 彼は、現在進行中の第54回三段リーグが13期目になる。 昇段者の平均が6.5期だから、丁度、倍だ。 長い! 師匠の谷川九段も自分のこと以上に気にかけていることだろう。 彼の12期間の成績を見て頂こう。 4期毎に見ると、ずっと勝率.510を超えているのだが、6期毎で見ると、前半は5割を下回る。 それに、13勝が一度も無い! 実力不足だ。 後半は負越しなしで、勝率.593なのだが、ここは6割を超えなければいけなかった。 なぜなら、通算勝率が.542で、.550に足りないからだ。 この法則は、未だ破られていない。 よって、どこかで14勝以上の爆発をしなければ上がれない。 そうすれば、通算勝率が.550を超える。 後悔しても始まらないが、 第49期が11勝でなく12勝なら藤森哲也の代りに昇段していた。 第52期が12勝でなく13勝なら竹内雄悟の代りに昇段していた。 その実力は十分あった。 新人王戦優勝は、三段リーグで言えば、16勝ぐらいに相当するに違いない。 あの爆発力があれば、突破できるはずだ。 頑張って欲しい。 【修正 2014.02.21】 穴があったら入りたいとはこのこと、竜馬を飛車が成った名称とばかり勘違いしていました。 角行が成ったのが竜馬、飛車が成ったら竜王でした。 kurifumiさんのご指摘で気づきました。 有難うございました。 *----------*----------* 【プロフィール】 都成 竜馬(となり りゅうま) 1990年1月17日生、24歳 宮崎県出身 谷川浩司九段門下 *----------*----------* 【統計の解説】 現在、第54回を迎えているので、発足して27年目である。 統計は、第11回(1992年)〜第53回(2013年)までの43期分、約22年分である。 第1回からの統計にしなかった理由は、次の3点である。 1.第1回在籍者の在籍期間が、1期となってしまい数値として不適当になる。 2.第1回は17名、第2回は16名と少なく18戦になったのは第3回以降。 3.構成員が30名を超えるのは第11回以降。 よって、今回、統計をとるに当って第10回以前を除外した。 また、昇段、退会に関する規約が途中変更されている。(注1.) 次点2回者も同等の昇段者として扱い統計に加えた。 なお、編入試験で四段になった瀬川晶司氏は、三段リーグで退会者として扱った。 また、同じく編入試験で三段リーグへ再度参加した、今泉健司氏は、通算した。 *----------*----------* 【注解】 注1.昇段、退会に関する規約が途中変更 1997年以降次点を2度取ったものは、フリークラスの四段に昇段する権利を得る。 奨励会発足時は年齢制限がなかったが、1968年に「満31歳の誕生日までに四段に昇段できなければ奨励会を退会」 という規定を 設ける。その後、1982年に満26歳に引き下げられてた。1994年に次の延長規定を追加する等して現在に至る。 満21歳の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を迎える三段リーグ終了までに四段に昇段できなかった者は退会となる。 ただし三段リーグで勝ち越しを続ければ満29歳を迎えるリーグ終了まで延長して在籍できる。 年齢・勝ち越し条件に関係なく三段リーグに5期(2年半)在籍できる。 *----------*----------* 【参照】 |
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現在、三段リーグに在籍中の2人にスポットを当てたい。 宮本広志と都成竜馬だ。(以下敬称略) 今回は、宮本広志。28歳。 ご存じない方は、「 えっ!?あの宮本広志!? 」と驚かれるかも知れないが、 それは、間違い。 あれは、「 本宮ひろ志 」である。 『男一匹ガキ大将』『俺の空』『サラリーマン金太郎』などを描いた漫画家だ。 私も、その勘違いが切っ掛けで、注目していた。 えっ? お前だけだろう、って? それは、失礼しました。 彼は、現在進行中の第54回三段リーグが18期目になる。 長い! 9年目、勿論、最年長だ。 まず、彼の17期間の成績を見て頂こう。 最初の4期は、勝率.403と全くの実力不足だ。 次の4期が、負越しなしの勝率.583と力を付けた。 3回目の4期も負越しなしの勝率.597と伸ばし。 4回目の4期も負越しなし。勝率はなんと.653。 とうとう6割を超え、通算勝率も.559! はずなのだ。 いや、昇段して貰わないと困る。 宮本の成績は、7つのタイプで言えば明らかに、「 努力型 」である。 ( 負越しが最初の頃にしかなく、右肩上がりの成績 ) 理論的に、もうそろそろ昇段しなければ可笑しいのだ。 後悔すればキリがないが、 第46期の10勝が12勝なら、次の第47期に船江恒平の代りに昇段していた。 第48期の9勝が11勝なら、次の第49期に藤森哲也の代りに昇段していた。 第51期が12勝でなく13勝なら石田直裕の代りに昇段していた。 第52期が12勝でなく13勝なら竹内雄悟の代りに昇段していた。 チャンスは何度もあったのだ。 第53期、順位1位だ。 次点も1つある。 恐らく13勝なら誰かを頭ハネして昇段だろう。 悪くても次点2回目で、フリークラスが選択できる。 にも拘わらず、10勝しか出来なかった。 これでは到底無理だ。 過去、11勝、12勝で昇段した人もいる。 通算勝率.550に届かないのに、爆発的に一挙に勝星を稼いで昇段した人もいる。 合せて、37人、四段昇段者90人の41%を占める。 宮本の.559に届かなかった人まで含めると、44人にもなる。 約半分だ。 そう考えると、努力型で実力を確実に付けて来た宮本広志は、なんとか昇段させてやりたい。 今第54期、順位9位で、そう悲観することもない。 頑張って欲しい。 *----------*----------* 【後記】 三段リーグ突破者(四段昇段者)90名の成績には、それぞれ特徴があって、大きく7つに分類した。 その中で分類に悩んだ特異な人を紹介する積りだった。 しかし、あらためて眺めると、伊藤真吾(現五段)ほどに紹介する必要性を感じなくなった。 確かに数人は居るのだが、また別の項で紹介する。 *----------*----------* 【プロフィール】 宮本 広志(みやもと ひろし) 1986年1月27日生、28歳 大阪府出身 森安正幸六段門下 *----------*----------* 【統計の解説】 現在、第54回を迎えているので、発足して27年目である。 統計は、第11回(1992年)〜第53回(2013年)までの43期分、約22年分である。 第1回からの統計にしなかった理由は、次の3点である。 1.第1回在籍者の在籍期間が、1期となってしまい数値として不適当になる。 2.第1回は17名、第2回は16名と少なく18戦になったのは第3回以降。 3.構成員が30名を超えるのは第11回以降。 よって、今回、統計をとるに当って第10回以前を除外した。 また、昇段、退会に関する規約が途中変更されている。(注1.) 次点2回者も同等の昇段者として扱い統計に加えた。 なお、編入試験で四段になった瀬川晶司氏は、三段リーグで退会者として扱った。 また、同じく編入試験で三段リーグへ再度参加した、今泉健司氏は、通算した。 *----------*----------* 【注解】 注1.昇段、退会に関する規約が途中変更 1997年以降次点を2度取ったものは、フリークラスの四段に昇段する権利を得る。 奨励会発足時は年齢制限がなかったが、1968年に「満31歳の誕生日までに四段に昇段できなければ奨励会を退会」 という規定を 設ける。その後、1982年に満26歳に引き下げられてた。1994年に次の延長規定を追加する等して現在に至る。 満21歳の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を迎える三段リーグ終了までに四段に昇段できなかった者は退会となる。 ただし三段リーグで勝ち越しを続ければ満29歳を迎えるリーグ終了まで延長して在籍できる。 年齢・勝ち越し条件に関係なく三段リーグに5期(2年半)在籍できる。 *----------*----------* 【参照】 |




