将棋の茶店「芹沢鴨?」

将棋は大切な日本文化の一つ。将棋界が羽生(はぶ)さんを得たことは、天恵です。

昔の記事、エピソード

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私は、行方(現八段)を四五段当時から憶えているが、あまり良い印象ではない。

確か、NHK杯戦にポロシャツで登場した記憶があるからだ。

(先崎学八段と混同しているかも知れないが・・・)

更に、いつも二日酔いの顔をしていて、真摯さ欠けると映ったからだ。

しかし、NHK杯戦で、

橋本八段が二歩の禁じ手を打った瞬間の行方の顔に、衝撃を受けた。

丸で、行方が反則をしたんじゃあないか、

と思う程、沈痛な表情を見せたのだ。

爾来、私は、行方八段に惚れてしまった。

恐らく、全世界の女性も、”胸キュン”だったに違いない。

フフフ


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【ニュース冒頭】

平成27年(2015年)3月8日放送

第64回 NHK杯 準決勝 第2局

▲行方尚史 八段(41歳)vs △橋本崇載 八段(32歳) 

92手で橋本の反則負け。先手の行方の勝ち。

解説:木村一基(41歳) 聞き手:藤田綾 女流初段(28歳)

持時間:各10分(対局時計使用)使い切ると1手30秒未満。

    但し、1分単位で合計10回の「考慮時間」がある。
私は、プロ雀士・多井隆晴が大嫌いである。(註1)

何故なら、佐々木寿人をコテンパン負かすからである。(註2)

そう、私は、ヒサト(寿人)のファンなのである。

どうして、ファンになったか、と云うと、単なる一目惚れである。

偶々(たまたま)観た麻雀番組で、ヒサト(寿人)が勝っていたのである。

そして、牌の打ち方が、実にスピーディで、格好良かった。

嫌味がないのである。

( 同じスピーディな牌の打ち方でも、友添敏之のそれは嫌味に感じる。)

従って、多井には何の罪もない。


私は、羽生永世七冠と藤井聡太四段のファンである。

「 な〜んだ、単純に強い奴が好きなだけじゃあないか 」と言う勿(なか)れ。


私の”初恋の棋士”は加藤一二三九段なのである。

王者・中原誠でも、鉄人・大山康晴でもなかった。

第40期名人戦、最終局、中原名人(当時)から、名人位を奪取したときのことは、今でも鮮明に憶えている。

関西将棋会館の大盤解説会場で、落胆の溜息が多い中、歓喜した一人である。

従って、決して、「 単純に強い奴が好き 」ではないのである。エヘン


どうして、加藤九段ファンになったか、と云うと、第15期十段戦で中原十段(当時)に挑戦したときの和服姿に惚れたからである。

昔は、細くて格好良かったのである。


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第15期十段戦頃の加藤九段(当時36歳)


故・米長邦雄永世棋聖が大嫌いだった。

実は、このブログのタイトルである故・芹澤博文八段も嫌いだった。

両者共に、加藤九段を批判していたからである。

その批判は筋が通っていたので、余計に癪(しゃく)だった。

フフフ


しかし、どう云う訳か、気が付くと、加藤の著書は僅か1冊しかなく、米長と芹澤の著書を多数持っていたのだから、不思議だ。

私は、定跡書とかは余り買わない。

殆ど、随筆の類である。

芹澤と米長の随筆は、示唆に溢れ、棋士の目指すところなのである。


『中原・林葉騒動』で中原が窮地に陥ったとき、加藤が堂々と中原を擁護した。

変人扱いされていた加藤ではあったが、説得力があった。

普段加藤を批判する米長も一目置いた。

2人が暗黙の内に和解したのである。

私は、当時、安堵した記憶がある。


これは、妬(や)っかみなのだが、「ひふみん」の愛称が嫌いである。

加藤一二三九段!

これが、数十年、変わらない、素晴しい呼称である。

升田幸三九段!

これも、味がある。

態々(わざわざ)、

実力制第四代名人

なんて、升田本人は唾棄したに違いない。

九段は、数々居るが、

升田と加藤の右に出る者は居ない。

格好良い称号である。


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第40期名人戦頃の加藤九段(当時42歳)

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【註解】

註1.多井 隆晴(おおい たかはる)

 昭和47年(1972年)3月17日生。45歳。
 日本の競技麻雀のプロ麻雀士。東京都出身。
 RMU(リアル・マージャン・ユニット)所属。
 (2005年まで日本プロ麻雀連盟所属。)
 当団体の代表を務めている。
 「最速最強」がキャッチフレーズ。メンゼン重視の攻撃型。
 「最速最強」の名の通り、「誰よりも速く、誰よりも強い麻雀」を標榜している。
 タイトル獲得及び大会優勝数は20を超える。
 2016年は、麻雀史上最高の賞金額を獲得したと本人弁。
 自他共に認める最強雀士。

註2.佐々木 寿人(ささき ひさと) 愛称「ヒサト」

 昭和52年(1977年)1月12日生。40歳。
 競技麻雀のプロ雀士。宮城県仙台市出身。
 日本プロ麻雀連盟所属 五段。
 東北学院大学文学部英文学科2グループ所属。
 2008年、日本麻雀機構所属の女性プロ雀士 手塚紗掬と結婚。
 雀風:超攻撃型。出和了りを期待しないリーチ(ツモ和了りを前提とするリーチ)。
   『ガラクタ・リーチ』とも呼ばれる。また、メンホン・メンチンの一色系を得意手役としている。
将棋の起源は、古代インドのチャトランガと言われています。

チャトランガを起源とするボードゲームは、将棋だけでありません。

チェス、中国象棋シャンチー、タイのマックルック等々世界中に、盤と駒があります。


私は高級な駒や盤に触ったことが、多分、一度位しかありません。

「 ド素人がっ! 」と叱られるのを覚悟で言います。

私は、

日本の駒が一番繊細で美しい

と思います。


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チャンシーの駒と盤


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チャンシーの駒と盤を納めるケース




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チェスの駒と盤


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チェスの駒を納めるケース




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マークルックの駒と盤



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チャトランガの駒と盤

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チャトランガを楽しむ、古代の風景

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【シリーズの記事】

『 羽生善治と現代 』を立ち読みし、思わずレジへ走った。

ネットで本が購入できるようになって、書店の必要性は半減したかと思いきや、

いや、いや、こう云う体験をすると、近くに大型書店が欲しくなりますね。


昔、近所の書店で立ち読みすると店主がハタキを持って近づいて来ました。

懐かしいですね。そんな店は、アッという間に閉店に追い込まれました。

今じゃあ、大型書店では図書館と見紛うばかりに椅子が置いてあります。

カフェまで用意しているところもあります。



私が思わずレジへ走るほど感銘を受けた箇所は、

『 新・対局日誌 』を真っ向から否定したところ



『 新・対局日誌 』の中で、河口七段は、三浦六段(当時)の将棋を次のように酷評した。(注1)


「 図は開始七手目の局面。▲1五歩と突いたところだが、こういう手にがっかりさせられるのである。
これは一つのアイデアであることはわかる。
B、Cクラスの棋士なら褒められる。しかし、三浦はそんな器じゃあない。
格にふわさしい、堂々とした指し方をしてもらいたいのだ。
▲1五歩といった変な手を追求するようなことをやっていると、将棋のスケールが小さくなってしまう。」


これに対し、梅田氏は、


今は開始7手目の▲1五歩のような工夫(イノベーション)を

こんな風に酷評する人はもういない。「邪道」という言葉と同様の意味で、

「器」「格」などといった曖昧な概念で他者の将棋を酷評する先輩棋士は、

昔に比べて明らかに減った。


と書いています。


*----------*


約10年前、『 日経ビジネス 』誌上で「大人が若者と接するときのあり方」をテーマに語った

羽生名人の言葉が印象的だった、と梅田氏は述懐している。(注2)


羽生名人談。
「 私は今31歳で、年下の人と対戦する機会が増えて来ました。

そこで思うのは、後輩の将棋はしっかり見なければいけないということです。

その人(若い棋士)の手が分らないことが時々あるんです。

どういう意図で指した一手なのか分らない。対局が終って、あれこれ考えたりしていると、

あっ、こういう方針だったのかと気づくわけです。

できるだけ情報を集め、最新の研究をしているつもりですが、それでもこういうことがある。

恐らく私にも固定観念が形作られているのでしょう。

(中略)

これは綺麗な手であり、これは筋が悪いといった仲間内の共通認識が形成されていく。

このままでは変化に対応できなくなってしまう。

それだけは避けたいですから、若い人達の将棋は極力意識して見るようにしています。」

*----------*


どうです、羽生名人と河口七段の考え方の違い!

雲泥の差でしょう。


羽生名人は、棋界トップでありながら、

若手の四五段クラス(奨励会員も含め)であっても、尊重しています。

理解しようと努めています。


対照的に、河口七段は、

達観した。

悟った。

永遠不滅の正しい真理を見極めた。

という思い込みが顕著です。

これを

固陋

と称します。


老人になると、

「若いモンは・・・」

「昔は・・・」

「俺は経験している。知っている。君達は間違っている。」

と、説教したくなる。

老人の困った煩悩です。

そして、間違った価値観を権威を傘に撒き散らす。

これを

老害

と呼びます。


あれっ!?

自分のことだ!!



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【出典】

『 羽生善治と現代 〜だれにも見えない未来をつくる〜 』 

梅田望夫著 中公文庫 平成25年2月25日初版


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【注解】

注1.『 新・対局日誌 』

 『 将棋世界 』誌 平成10年10月号 故・河口俊彦七段が執筆者。

 平成6年度〜平成7年度、約1年間連載された、観戦記。


注2.羽生名人の言葉が印象的だった。

 『 日経ビジネス 』誌 平成14年7月1日号 「若者の才能を解き放て」

 羽生善治(31歳)、梅田望夫(41歳)、マネックス証券・松本大社長(38歳)の鼎談。

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若干19歳の天才谷川七段との初対戦。

芹澤八段は、断酒して臨み、完璧な指し回しで谷川を破った。


と、昨夜書いて、自分の棋譜コレクションを覘いてみたら・・・あった。


黄ばんだ棋譜の切り抜きが。



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将棋界の宝
オールドファンなら御存知と思うが、私は「天才」と言われた。
私自身も長くそう思っていた。
谷川浩司君をみて、我が天才が余りに貧弱なのに驚くと
ともに非常な喜びを覚えた。
将棋界の「宝」が谷川である。
私は大事なことは、いくら重複してもいいと考えている。
今まで谷川のことを書いたりしゃべったりしたことをここでも書く。
その所作、真に見事である。その才、真に豊かである。
今まで将棋の才において私より優れている者は、内藤、米長両九段のみと思っていた。
谷川の才は、この二人を超えている。
こんな凄い者と対局できることは、棋士として、
とてつもない喜びである。


どうして、この芹澤VS谷川戦を切抜いたのだろうか。

思い出せない。



芹澤博文 45歳

谷川浩司 19歳


中原 誠 34歳

米長邦雄 38歳


加藤一二三 42歳

大山康晴 59歳



この中の年齢、

現在の私に一番近いのが、大山である。

懐かしいような。

怖いような。



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【ニュース冒頭】

第40期 順位戦 B級1組 7回戦、▲芹澤博文八段(45歳)VS △谷川浩司七段(19歳)

昭和56年12月25日。持ち時間は各6時間。

芹澤は、断酒し、約束をキャンセルし、体調を整えて臨んだ。

結果は、芹澤の勝ち。

しかし、谷川は、10勝2敗でA級に昇級。
さらに、翌期A級でも優勝し、名人挑戦権を得、加藤一二三から、名人奪取。
史上最年少21歳の名人となった。

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