将棋の茶店「芹沢鴨?」

将棋は大切な日本文化の一つ。将棋界が羽生(はぶ)さんを得たことは、天恵です。

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私の独断と偏見に因る「 将棋史上の名言 」を以前発表した。

今回、ふと思い出した名言を追加する。


発言者は、森けい二八段(当時)


「 中原は強くない。負ける人はみんな勝手に転んでいるんだ 」


オールドファンの方は、ご記憶にあるでしょう。

この言葉を、「将棋の名言 第6位以下」 の末席だが、追加する。



森八段、不適な笑みを浮かべて、美男子でしたよねえ。

剃髪した頭の形が綺麗だった。


当時は、憎たらしくて嫌いでしたが、・・・

懐かしい。


イメージ 1

イメージ 2


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【追加理由】

好手が勝因という試合は100局に1局あれば良い方。
実は、相手の疑問手に助けられて勝ちを拾っていることが、大半。


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【背景の詳細】

昭和53年 第36期 名人戦の挑戦者となった森けい二八段(当時 32歳)

A級初参加で7勝1敗、最下位(10位)からの挑戦権獲得。

鼻息が荒かっただろうことは、察しがつく。

当時の名人は、中原誠 五冠(当時 名人・棋聖・王位・王座・十段 30歳)

「 中原さんの棋譜600局を全部並べて調べたが、強くない。負ける人はみんな勝手に転んでいるんだ 」

「 名人になったら土佐に帰る、指して欲しい者は土佐に来ればいい 」

などと強気な発言をした。

第1局の朝、剃髪して登場し、周囲を驚かせたのは有名な逸話。

これに動揺したのか、中原は第1局を落とした。

が、結局4勝2敗で貫禄を示して防衛。


イメージ 3


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【略歴】

イメージ 4
(もり けいじ、昭和21年(1946年)4月6日生 69歳)棋士番号100。段位は九段。

高知県中村市(現:四万十市)出身。大友昇門下。

棋聖、王位のタイトルを獲得。竜王戦1組通算5期。名人戦A級通算10期。


番外編その1は、品が良く、格式が高かった。フフフ。

大体から登場人物が将棋界の重鎮ばかり。

ちょっと気後れするが、平成時代のやや軽めのものを一つ加えよう。

「 将来名人になったら、今日の反則負けが有名なエピソードになるで! 」 井上慶太

 ・・・反則負けした糸谷哲郎を慰めたときの言葉

これは、糸谷の人物像を知る人には微笑ましく感じる話である。

そして、子供を指導する奨励会幹事長、謂わば教師のような立場の言葉として、上手いなあ、と感心する。


糸谷哲郎六段は、高校1年で奨励会三段リーグに入り、3年生のとき四段昇段、翌年、大阪大学に入学した、

正に天才である。

その彼には、非常に珍しい反則負けが幾度かあることで有名。

奨励会時代(12歳当時)に、佐藤天彦(現七段)との対局で、取った駒を相手の駒台に置いてしまい、

当時の奨励会幹事であった井上慶太に自ら申告し、裁定の結果、反則負けとされた。

糸谷は、悔しさのあまり泣いたのだが、井上が

「お前、将来名人になったら、今日の反則負けが有名なエピソードになるで!」(注1.)

と慰めると、糸谷はニコッ笑って「そうですかねえ」と機嫌を直したそうだ。(笑)

畠山鎮七段は、糸谷のことを「頭の回転に指がついてこない」と表現している。(注2.)

一番的を得た人物評だろう。

*----------*----------*
【注解】

注1. 第59回NHK杯 糸谷vs○○戦の解説での談話

 解説者:井上慶太八段

注2. 第59回NHK杯 糸谷vs○○戦の解説での談話

 解説者:畠山鎮七段


『将棋史上最高の名言』を正史とすると、野史の『番外編』に追加したいものが増えた。

解説は注解に譲り、作品と作者だけを記す。

「 将棋は苦し、酒は楽し、人生は哀し 」 芹澤博文

「 将棋指しではワシが一番歌が上手い、歌手ではワシが一番将棋が強い 」 内藤國雄


*----------*----------*
【注解】

 故・芹澤博文九段が、色紙に好んで書いた文句である。なかなか、良いリズムだと思う。

 内藤國雄九段がヒット曲『 おゆき 』で一躍脚光を浴びた頃、歌う前の一口インタビューによく使った名台詞だ。

 この二人によって、プロ棋士の存在が好感をもって広まった。
 その功績は大きい。

  出典:『王より飛車が好き』 芹澤博文著 サンケイ出版 1984年12月15日発行  p.18



私は、つい先日まで、「 実力制名人 」と呼ぶ理由が解らなかった。

意味は知っているのだが、升田のことを「 升田幸三実力制第四代名人 」と呼ぶ理由が

解らなかったのだ。

名人の呼び方が、「 実力制第○代名人 」ならば、皆、それに統一したらよさそうなのに、

升田のときだけ、そう付けるのだ。

本人の我侭な要望かと思ったら、全く違った。

升田は、「 名人は一人で良い! 」と公言して憚らなかった。

まあ、将棋界の軽い歴史的政治的エピソードである。


中原誠が、大山から名人を奪取した後、大山が無冠になったときが問題だった。

約20年間続いた大山時代から中原時代に移行したときだ。

本来は、「 大山九段 」である。


ところが、並みの九段と同じでは失礼ではないか、と、周りが気遣った。

あるいは、本人が「 大山九段 」では返事をしなかったのか・・・(笑)

それで、「 大山十五世名人 」と呼ぶようになった。


本来、永世名人は、引退後に名乗ることになっているにも拘らず、それを破った。

阿諛追従の輩は、「 大山十五世名人 」を略して「 大山名人 」と書いた。

そうすると、中原名人と大山名人の2人の名人が同時に存在することになった。

ましてや、大山が連盟の会長職に就いてからは、永世名人は、現役でも名乗ってもよい、

としたものだから、余計にエスカレートした。

多くの棋士が揃っている時に「 名人! 」と声をかければ、返事をするのは1人でなければ

ならない、と言うのが、升田の意見だったのだ。
正論である。

流石、升田幸三だ。


当の中原名人の反応はというと、とんと意に介さない様子だったらしい。

若いのに人格者だと、棋界関係者から尊敬を集めた。(注)



もし、羽生三冠が、無冠になったらなんと呼ぶか、勿論「 九段 」である。

もし、渡辺三冠が、無冠になったらなんと呼ぶか、勿論「 九段 」である。

その良い例が、谷川九段だ。

谷川が先輩として、会長として、お手本を示している。


大山が亡くなり、「 大山十五世名人 」となった今、将棋界は落ち着いている。

升田を「 実力制第四代名人 」と書くが、多分、升田が存命ならば、「 九段と呼べい! 」と怒鳴るはずである。

中原が現役で無冠になったときは「 中原永世十段 」と呼ばれた。

この呼称は、良いアイデアだった。

なぜなら、十段のタイトルは竜王へ発展消滅したからだ。

十段は二人存在しない。


因みに「 前名人 」は、前期、名人を失冠した者が、1年間だけ許される呼称だ。

「 元名人 」は、文章語であって、制度的呼称としてはない。昔、名人になったことがあると言う程度の意味。

以上、これが私の理解した、様々な名人呼称の背景である。

*----------*----------*
【注解】

注. 尊敬を集めた。

 その後の林葉事件さえなければ・・・無念!

 また、こいう性格だから、大山に対戦成績がよかったのだろう。

 これが、一々目くじらを立てる性格だったら、大山の番外戦術の術中に嵌っていたに違いない。


*----------*----------*
【 歴代実力制名人 】

関根金次郎十三世名人の英断により、1935年(昭和10年)3月26日付で、「三百年伝統の一世名人の制度を廃す」
の宣言と共に、それまで家元制(世襲制)だった名人制度が実力制名人へ移行した。

初代実力制名人  木村義雄   十四世名人を襲位。通算8期獲得。
第二代実力制名人 塚田正夫
第三代実力制名人 大山康晴   十五世名人を襲位。通算18期獲得。
第四代実力制名人 升田幸三
第五代実力制名人 中原 誠   十六世名人を襲位。通算15期獲得。
第六代実力制名人 加藤一二三
第七代実力制名人 谷川浩司   十七世名人を襲位。通算5期獲得。
第八代実力制名人 米長邦雄
第九代実力制名人 羽生善治   十九世名人を襲位。通算9期獲得。
第十代実力制名人 佐藤康光
第十一代実力制名人 丸山忠久
第十二代実力制名人 森内俊之  十八世名人を襲位。通算8期獲得。
「 弟子をとるとしたら、どんな性格の子供をとりますか? 」の質問に

「 根性のある子 」

と、数年前に羽生四冠(当時:名人・王将・王座・棋聖)が答えている。


「 根性 」なんて何年振りに聞いただろうか。

昭和四十年代のアニメ

『巨人の星』
『あしたのジョー』
『タイガーマスク』

を最後に、廃れた言葉の一つだ。


インタビュアーは、この羽生さんの答えに、なかなか上手い質問を被せた。


質問:「 その根性が曲がっていたら? 」

羽生:「 曲がっていても、根性のある子 」


と羽生さんは答えている。


この時、私は、

ああ、俺みたいに素直な性格じゃあダメだったんだ。

と、将棋が上達しない原因を悟った。


将棋、仕事、恋愛、ギャンブル・・・等々

何をやっても上手く行かないのは、私の頭が悪いからだとばかり思い込んでいたが、・・・

違ったんですね。

ド根性がなかったことが原因だったんですね。

それも曲がった根性が。


アハハハ。


まあ、今のは冗談だが、含蓄のある言葉だ。

私は、この言葉だけで、1時間は軽く語れる。


本日付で、この言葉を、「 将棋史上の名言 」の一つに加えることにする。


*----------*----------*
【出典】

 2007年xx月号


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【参照】


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