|
将棋の前夜祭の会場だろうと思うのだが、七八歳の小さな女の子が、 会場にいるプロ棋士の袖を引張って、 「 どうしたら強くなれますか? 」 と真っ直ぐな目で質問している。 大好きな高橋大和女流に訊いた。 そして、二人で指切りをしている。 お父さんのところへ走って来た。 満面の笑顔だ。 その純真な姿を観ているだけで、私は、涙ぐんでしまう。 「 毎日、詰将棋をしてみなさい 」と教えられた少女は、 それから毎日、欠かさず詰将棋を解くことを日課にしているそうだ。 彼女は、十年後に女流棋界のトップに立った。 里見香奈さんである。 彼女は、現在、奨励会員と女流棋士を兼ねている。 「この2つをこなすって言うのは、一般的に将棋を知らない方から見れば2倍のエネルギーが 要るかなと思うかもしれないですけど。そんなもんじゃあないですね。 8倍、10倍の・・・もう・・・凄いエネルギーが要るでしょうね。 体力的に、精神的に・・・今までのどの棋士もやったことがない世界ですね。」と、元奨励会幹事の畠山鎮七段が語る。(注1.) 昔、米長門下で 林葉直子が奨励会に所属して棋士を目指した。 11歳から16歳まで奨励会に在籍したが、頓挫した。(注2.) 林葉は、血の滲むような苦労をする奨励会より、華やかな女流プロへ転向した。 里見は、林葉とは逆である。 女流プロを経験してから奨励会に入った。 チヤホヤされてから、厳しい奨励会へ入った。 チヤホヤされたにも拘らず、そこに染まらず、甘んじなかった。 おそらく故・米長会長から厳しい条件を出されたはずだ。 考えてみれば、当然である。 男性奨励会員とは違い、収入のある女流プロを兼ねるのは不公平である。 失敗しても、女流プロとしての受皿がある。 私は、この点だけを知っていて、里見に対して少し甘いな、と、内心僻目で見ていた。 甘いのは、私だった。 故・米長会長が、そんな生易しい処断をするはずがなかった。 それを受入れてでも、奨励会へ入りたいと彼女は言い通した。 並大抵の根性ではない。 里見は、恋愛も、ファッションも全く興味が無いと言う。 普段着のスカートは持ってなくて、いつもボーイッシュな格好をしているらしい。 将棋界が、里見香奈を得たことは天恵である。 今、女流王座のタイトルを争っている加藤桃子女流王座も、奨励会に所属する女性の一人である。 その彼女が 「 同じ時代に生られてよかった 」 と語った。(注3.) 里見香奈、加藤桃子、この2人を応援せずに居られるかッ! *----------*----------* 【注解】 注1.「8倍、10倍のエネルギーが要る」 その理由は、 1.女流棋士としての対局がある。 2.地方で行われるタイトル戦は、前日の前夜祭と、後の移動日を合せて3日間が費やされる。 3.女流棋界の第一人者、花形として、普及活動のイベントには必ず参加しなければならない。 4.奨励会の対局が月間6局ほどある。 5.奨励会員は、棋士の記録係も務めなければならない。 6.将棋の勉強をする。 7.その他、一般教養や習字などの勉強。 8.そして、男性とは違う女性特有のリスクもある。 将棋関係者でない私が、気付くだけでこれだけある。 注2.頓挫した原因 林葉直子が頓挫した原因は、14歳で女流プロ棋戦へ参加し、タイトルを獲得して注目を浴びたことだ。 日本人離れしたエキゾチックな顔立ちの美人だった上に、14歳の少女だ。 マスコミが放って置かない。 しぜんと、チヤホヤされてしまう 化粧もするようになり、恋愛にも興味を持った。 また、多才で、漫画家としても有名になった。 注3.「 同じ時代に生られてよかった 」 『将棋世界』誌 2014年1月号 「 同じ時代に生られてよかった 」 p.62〜69 *----------*----------* 【出典】 毎日放送 『 情報大陸 』 2013年06月02日放送 制作協力:東北新社 里見香奈 女流棋士 〜人呼んで“出雲のイナズマ”。史上初・五冠の女流棋士はうなぎが好きな21歳女子!〜 *----------*----------* 【参考】 |
将棋の三面記事
[ リスト | 詳細 ]
|
『週刊現代』(六月十九日号)で、羽生善治さんのとびっきりのコメントを読んだ。 将棋は孤独な戦いだろうと聞かれた羽生さんは、次のように答えている。 「 将棋は相手がいる勝負ですから、孤独になることはないはずです 」 どうだ、この答え!もう完璧!さすが羽生! 私はもう大喜びである。 インタビュアーは間違いなく、勝負師の孤独というものを語らせたかったと思う。 そしてそれは、何時間もの長考や、たった一手の悪手で落ちる地獄等々を、 すべて一人で背負う孤独として語って欲しかったのだと思う。 そして間違いなく、羽生さんはそれらを十分に理解した上で、あの答えをサラリと言ってのけた。 もうみごとすぎて、声もない。 これはあくまでも私の勘だが、羽生さんはたとえ孤独でも、そう答えることを潔としなかったのではないか。 これぞ、日本の精神文化である。私は羽生善治という天才棋士の、その美意識に打たれた。 *----------*----------* 月夜の駒音 第10回「孤独ということ」作:内館牧子 より一部抜粋 『将棋世界』誌 2010年9月号 所収
|
|
池谷「寝る1〜2時間前が記憶に定着しやすいんです。(中略)お腹が空いている時の記憶力もバカにできません。」 池谷「水は重要ですよ。体から水分が1%減ると、実は記憶力や思考力が低下するんです。」 羽生「言われてみれば、対局中も考えていると凄く喉が渇くんです。」 池谷「一回の対局でどれくらいの水分を取りますか?」 羽生「2リットルくらい飲みます。」 池谷「そんなに!」 池谷「水分補給には、(コーヒー、紅茶より)水やスポーツドリンクをお勧めします。」 池谷教授が、AとB、二つの将棋の図面を羽生三冠に示し、どちらが憶え易いか問うた。 Aは昔の新聞に載っていた誰かの対局で、Bは池谷教授がルールを無視して適当に書いた図面だった。 羽生「Bの方が圧倒的に難しいですね。Aの方は3秒ぐらいあれば覚えられる。」 池谷「記憶と言うのはプロセスが大事であって、普通の人たちでも、記憶力を高めたいと思ったら、 そういうプロセスを作る努力をすればいい」 羽生「将棋もちゃんと理解して憶えていると、10分ぐらい考えればで思い出せるんですが、 ただ単に暗記しただけだと、忘れた時に記憶が戻りません。」 池谷「被験者に『心理学の実験です』と告げて数十語の単語が並んだ紙を見せてから、別の単語リストを渡し、 『さっきあった単語は、この中のどれか』という試験をやったんです。 その結果、20歳前後の人と60歳以上の人たちの点数が変らなかった。(中略) そして、同じ試験を今度は別の人たちに『暗記試験をやります』と告げて実施したら、 60歳以上の人の点数がなんと半減した。 高齢の方は、年を取ると記憶力が衰えると思い込んでいますが、その思い込みが結果に影響したんでしょう。」 池谷「才能ある人の天才的プレーは本人には当り前過ぎて説明できない。」 池谷「説明できるプレーに関る勘と、できない勘があって、前者を『ひらめき』、後者を『直感』と言います。」 池谷「ゴルフやピアノというのは、トレーニングをすればするほど上達して行きます。だけどピアノを弾ける人に どうして弾けるんですか、と訊いても、指を動かす筋肉の使い方を一々説明できません。」 羽生「なるほど。その話に通じるかな。将棋の世界で『体で覚える』という表現があるんです。 池谷「頭を使うコツというのは、もしかしたら『体で覚える』ことにあるかも知れませんね。」 *----------* 【出典】 「頭の使い方」にはコツがある スペシャル対談 羽生善治X池谷祐二 週刊現代 十月十二日号(2013.10.12)より抜粋 *----------* 【対談者】 池谷祐二 いけがや・ゆうじ 1970年8月16日生、43歳。静岡県出身。 薬学博士、東京大学大学院薬学系研究科准教授。 国内外で注目を集める屈指の脳研究者。
|
|
我らがアイドル矢内理絵子 女流四段が、来月入籍されると発表があった。 皆さん、お静かに! 今の嫁さんと別れて、矢内さんにプロポーズしようと、密かに企んでいたご同輩諸君! 気持ちは、よく解る。 私も、残念!無念!だ。 来月入籍なら、未だ間にあう? いやいや、もう遅い。 ここは男らしく、諦めて、祝福しようではないか! その代りと言っては失礼だが、次のアイドルを見つけておいた。 どうです? 驚いたでしょう? えっ!知らないって? いやいや、数年前から将棋界に居たのですよ。 気がつかなかったでしょう? 学生時代は、眼鏡を掛けて、オカッパ頭だったんです。 玉は磨けば光ると聞くが、こんなに輝くとは・・・ね。 *----------*----------* 【プロフィール】 香川 愛生(かがわ まなお) 女流二段 1993年4月16日生 東京都狛江市 出身 第35期女流王将戦の挑戦権獲得 矢内 理絵子(やうち りえこ) 女流四段 1980年1月10日生 埼玉県行田市 出身 女王、女流名人、女流王位など通算獲得6期
|
|
『 囲碁将棋チャンネル 』で追悼番組として、「 棋士・米長邦雄 生涯の一局 」が放映された。(注1.) 「 棋士人生で一番印象に残っている一局は? 」の質問に、米長は、「 第52期 名人戦 七番勝負 第4局 」 と答えたそうだ。(注2.) この番組をご覧になった方は、皆、同じ疑問を抱かれたのではないだろうか。 なぜ、中原との一局ではなかったのか? なぜ、羽生だったのか? 私の暴力的結論を先に言う。 米長は、未来の将棋界を背負う自分の後継者として、羽生を指名する意図があった と、私は期待を込めて、憶測している。 *----------*----------* 同一対戦記録を見ると、中原vs米長の対戦が、187局と歴代1位だ。(注3.) 現役の最高は、羽生vs谷川の162局だ。この二人は随分戦っている印象がある。 だが、中原vs米長は、それを25局も上回っている。 米長vs加藤一二三、米長vs大山の対戦は共に、104局。 米長vs羽生の対戦は、僅か26局だ。 対中原との対戦数の7分の1だ。 年齢差から見てみると、米長と中原は、4歳差。(注4.) 加藤とは、3歳差。谷川とは、19歳差。大山とは、20歳差。 羽生とは、なんと、27歳も差がある。 対戦数から見ても、年齢差から見ても、明かに、中原と加藤が、米長の同世代だ。 特に、中原とは、名人戦の桧舞台で6度、他のタイトル戦でも、13度、計19度も雌雄を争っている。 間違いなく、生涯のライバルである。 米長は、7度、名人に挑戦し、7度目、49歳にして、ようやく奪取した。 その時の名人が、中原だったことも、運命的だ。 従って、米長の「 生涯の一局 」として挙げるなら、悲願の名人位奪取に成功した第51期 名人戦 七番勝負の中の一局が、最も相応しい、納得のいくもののはずだ。 しかし、米長は、27歳も年下の羽生との一戦を「 生涯の一局 」として挙げた。 その理由は、何か。 ここから、米長の胸中を推測して語る。 職業人の「 将棋指し 」としてなら、中原との対局が最も感慨深く、その中の一局を挙げる。 しかし、将棋から人生の全ての恩恵を受けた「 棋士 」として考えると、視点が異なってくる。 会長職に就き、尚更、その思い、感謝の念は強くなった。 将棋を自分一人だけのものとして捉えてはならない。 江戸時代からの先輩が、脈々と伝えてきた日本文化として捉えなくてはならない。 「 棋士の存在そのものが文化だ 」をもう一度、噛み締めて欲しい。 また、棋士は、プレイヤーだけでなく、経営も自分達でやっていかなければならない。 棋士以外の者に、経営を任せるわけにはいかない。 従って、我々棋士の人生は、盤上にだけあるのではない。 自分が恩恵を受けた将棋を、絶やすことなく、発展させる使命を、我々棋士は背負っている。 それを後輩に示しておく必要がある。 ここで「 後継者 」を指名しておきたい。 指名なんぞと、おこがましい。 自分の願いを、そっと、本人や後輩達に仄めかしておきたい。 将棋界の将来を託せるのは、羽生善治ただ一人だ。 棋士全員をまとめ、将棋連盟を経営できる男。 穏やかな性格、優れた見識、新聞社をはじめとする関係先の協力を得る交渉力、などなど。 その資質を具えた男。 彼以外にいない。 ここ数年、相談という形をとりながら、彼とミーティングを重ねて、その確信を得た。 「 将棋指し 」としてなら、中原との対局の中から「 生涯の一局 」を挙げる。 しかし、「 棋士 」として挙げるなら、羽生善治との一局だ。*----------*----------* 【追記】 私は、米長が「 生涯の一局 」を挙げた時期を、亡くなる直前だと勘違いしていた。 番組の冒頭を見逃していて、『 米長邦雄の本 』が紹介されていた場面を知らなかった。(注5.) 米長は、引退直後の2004年頃に、この「 生涯の一局 」を語っている。 よって、純粋に「 将棋指し 」として一番印象に残った一局のようだ。 *----------*----------* 【注解】 注1.番組概要 2013年2月23日 19:00〜20:00 『囲碁将棋チャンネル』で故米長邦雄永世棋聖・会長の追悼番組 として、「 棋士・米長邦雄 生涯の一局 」が放映された。 昨年2012年12月18日に逝去された米長邦雄永世棋聖・連盟会長を偲んで、「 生涯の一局 」と挙げた 一戦を振り返る。 羽生善治三冠と森下卓九段が、将棋盤を挟んで局後の感想戦のように雰囲気で解説を行った。 非常に画期的な試みで、大変楽しく視聴できたファンが多かったのではないだろうか。 注2.第52期 名人戦 七番勝負 第4局 1994年5月19日・20日 於:北海道札幌市「京王プラザホテル札幌」 先手:米長邦雄名人 後手:羽生善治四冠(王位・棋聖・棋王・王座) 85手で先手米長名人の勝ち 注3. 同一カード記録 (2013年2月24日現在) 注4. 棋士の生年月日 米長邦雄 1943年6月10日生 大山康晴 1923年3月13日生 加藤一二三 1940年1月1日生 中原 誠 1947年9月2日生 谷川浩司 1962年4月6日生 羽生善治 1970年9月27日生 注5.「 生涯の一局 」の出典 『米長邦雄の本』日本将棋連盟刊 2004年4月発売 現在絶版 平成15年12月12日の王将リーグの対郷田戦の公式戦を最後に現役を引退した米長永世棋聖の一冊。 この見開きに、次のように書いてあるそうだ。 「生涯の一局を選ぶなら第52期名人戦第4局を躊躇無く挙げる。」
「この対局は、それまで体験したこともなく、経験したこともない将棋であった。」 「4連敗する様だったら、他の世界で生きていけという天の意思である。 この一局に負けて名人失冠と言う事になれば、引退すると決めて臨んだ対局だったからである」 |





