地震情報 2019年12月5日 23時56分 気象庁発表
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本音を吐露すると、私は、『 城の崎にて 』を初めて読んだとき、鳥肌が立った。


私のこの感覚は、正しいのだろうか?

平凡なのだろうか?

それとも、異常なのだろうか?

これが『 城の崎にて 』に取組んだ動機である。



イモリが尻尾を上げ、手を前についた場面が圧巻だった。


この時、イモリが喋ったのを、私は聞いた。


「 なんで・・・俺が・・・ 」


と、志賀を睨みつけて、間違いなく、人間の言葉で絶句した。


 明日、結婚式だったのに・・・

 愛する妻と家庭を持ちたかった。

 子供と遊んでみたかった。


 お前に、俺の気持ちが解るか?

 なんで、俺を狙って石を投げた?

 なんで、俺なんだ?


と、無念を叫んだ。


私は、志賀直哉が、脊椎カリエスになればヨカッたのに、と涙した。



*----------*-----------*
【城の崎にて】


*----------*-----------*
【参照】

『 小僧の神様・城の崎にて 』 志賀直哉著 新潮文庫 平成25年2月25日 80刷


イメージ 1
話は変るが、高校生の頃、『 神田川 』がヒットした。(注)

その中の一節で、「 ただ、貴方の優しさが恐かった〜♪ 」の意味が理解できなかった。

しかし、誰にも意味を訊ねられなかった。

馬鹿にされそうだったからだ。


頭に引っかかったまま五十歳になって、初めて、友人知人に質問してみた。

誰一人、答えられなかった。

な〜んだ、早く訊いときゃよかった。


音楽に詳しい知人が調べてくれた結果、コンサートで南こうせつが、

「 よく訊かれるんですが、意味はないです。語呂がよかったので・・・(笑)」

と答えていたそうだ。


音楽に限らず、文学作品、絵画など、自分の素直な感覚を信じるべきだ。

疑問に思ったら発信する。

そこからスタートしなければ、読書嫌いになるばかりだ。



*----------*-----------*
【注解】

注1.『 神田川 』

 『 神田川 』は、フォークグループ「 かぐや姫 」の歌

 作詞:喜多條忠 作曲:南こうせつ


「 ただ、貴方の優しさが恐かった〜♪ 」の意味について、その後、色々な説があると知りましたが、ここでは重要としません。



*----------*-----------*
【城の崎にて】


*----------*-----------*
【参照】

『 小僧の神様・城の崎にて 』 志賀直哉著 新潮文庫 平成25年2月25日 80刷


イメージ 1
私が教師で『 城の崎にて 』が生徒の提出してきた文章なら、訂正すると書いた。

これに対して、次の様に谷崎潤一郎が真っ向から否定してきた。(注1.)

いきなり「 淋しかった。」と入れてありますが、「 自分は 」と云うような主格を置かずに

ただ「 淋しかった。」とあるのが、よく利いています。

その後の文も、短く引き締め一層印象がはっきり書けている。

「 淋しかった 」と云う言葉が二度、「 静かな 」と云う形容詞が二度、

繰り返し使ってありますが、

この繰り返しは静かさや淋しさを出すために有効な手段でありまして、

決して無駄ではないのであります。

こう云う技巧こそ芸術的と云えます。


ところが、この谷崎に反論してくれる読者も現れた。

この一節を(谷崎)氏は精しく分析しているが、「 淋しかった 」ということについて、

この言葉を二度重ねたことを評価し、淋しい心境を説明するのに、ただ「 淋しい 」と

言っているだけでなく、くどくどと余計な言葉を費やしていないことを賞めている。

しかし、この文章の前後を読むと、「 淋しかった 」という言葉を削って、

淋しい心境をあらわすことが可能である。

仮に私であったら、迷った末に後者の方法を取ったであろう。

それになにより「 含蓄 」を心掛ける谷崎潤一郎が、こういう解釈をしているのは腑に落ちない。



この反論をしてくれたには、吉行淳之介。谷崎の四十年後である。(注2.)

遅いじゃないか!


イメージ 1

*----------*-----------*
【私が訂正を述べた記事の再掲】

それは見ていて、如何にも静かな感じを与えた。淋しかった。

他の蜂が皆巣へ入って仕舞った日暮、冷たい瓦の上に一つ残った死骸を見る事は淋しかった。

然し、それは如何にも静かだった。

と、くどいくらい「 淋しい 」と「 静か 」を使っている。(注3.)


私が教師なら、最初の「 淋しかった。」は重複していて余分だし、「 然し、」も余計だろう、と。

大体から、文章全体が、たどたどしくて読み難い。


*----------*-----------*
【注解】

注1.『 文章読本 』 谷崎潤一郎著 中公文庫 昭和63年3月1日 23版  p.25〜26

注2.『 文章読本 』 谷崎潤一郎著 中公文庫 昭和63年3月1日 23版 「解説 吉行淳之介」 p.190

注3.『 小僧の神様・城の崎にて 』 志賀直哉著 新潮文庫 平成25年2月25日 80刷  p.30


*----------*-----------*
【城の崎にて】

昨日、もし、私が教師で『 城の崎にて 』が生徒の提出してきた文章なら、訂正すると書いた。

この記事を見た読者が次のような反論を寄せてきた。(私の記事を下段に再掲)

いきなり「 淋しかった。」と入れてありますが、「 自分は 」と云うような主格を置かずに、

ただ「 淋しかった。」とあるのが、よく利いています。

その後の文も、短く引き締め一層印象がはっきり書けている。

「淋しかった」と云う言葉が二度、「静かな」と云う形容詞が二度、繰り返し使ってありますが、

この繰り返しは静かさや淋しさを出すために有効な手段でありまして、

決して無駄ではないのであります。

こう云う技巧こそ芸術的と云えます。

私の意見を真っ向から否定している。


『 城の崎にて 』の中には、何も難しい言葉や云い回しは使っていない。

それでいてこの作者は、まことに細かいところまで写し取っている。

一匹の蜂の動作を仔細に観察して、ほんとうに見た通りに書いていることが分る。

蜂の動作が、はっきりと読者に伝わるのは、出来るだけ無駄を切り捨てて、

不必要な言葉を省いてあるからであります。
故芥川龍之介は、この『 城の崎にて 』を志賀氏の作品中の最も優れたものの一つに数えていました
(注1.)

なんと、この反論をしてきたのは、谷崎潤一郎!


おっどろいたなあー


八十年前ですよ!


私の愚かな意見を予期していたかのように。

本当に、魂消ました。



*----------*-----------*
【私の意見。昨日の記事の再掲】

それは見ていて、如何にも静かな感じを与えた。淋しかった。

他の蜂が皆巣へ入って仕舞った日暮、冷たい瓦の上に一つ残った死骸を見る事は淋しかった。

然し、それは如何にも静かだった。

と、くどいくらい「 淋しい 」と「 静か 」を使っている。(注2.)

私が教師なら、最初の「 淋しかった。」は重複していて余分だし、「 然し、」も余計だろう、と。

大体から、文章全体が、たどたどしくて読み難い。


*----------*-----------*
【谷崎潤一郎】

イメージ 1


イメージ 2


イメージ 3
1976年「春琴抄」(配給:東宝、原作者:谷崎潤一郎)
春琴:山口百恵/佐助:三浦友和

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【注解】

注1.いきなり〜  『 文章読本 』p.26より抜粋
   何も難しい言葉や〜 『 文章読本 』p.25より抜粋
   故芥川龍之介は、〜 『 文章読本 』p.25より抜粋

 『 文章読本 』 谷崎潤一郎著 中公文庫 昭和63年3月1日 23版  p.25〜26

注2.「 それは見ていて、〜 」

 『 小僧の神様・城の崎にて 』 志賀直哉著 新潮文庫 平成25年2月25日 80刷  p.30

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【城の崎にて】

昨日、『 城の崎にて 』の文中の形容詞が鬱陶しく感じられる、と書いた。


例えば、

寂しい秋の山峡を小さい清い流れについて行く時考える事は矢張り沈んだ事が多かった。

淋しい考だった。然しそれには静かないい気持がある。

と書かれている。(注1.)


二行目の「 淋しい考 」って、何?

「 沈んだ事 」を考えるから、淋しくなるのか?

だったら、「 沈んだ事 」なんて考えなきゃいいのに、って文句を言いたくなる。

沈んだ事を考え、淋しくなっていたのに、「 いい気持 」にもなる?

矛盾しているように感じるが、その辺りの説明がない。


もし、私が教師で、これが生徒の提出してきた文章なら、

私は迷わず、

「 淋しい考だった。然しそれには静かないい気持がある。」の部分を削除してはどうかと提案する。

少なくとも、「 淋しい考だった。」は、これ単独では、用を成さないから、削除するか、

もう少し手を加えてはどうか、と指導する。



更に例を引く。

それは見ていて、如何にも静かな感じを与えた。淋しかった。

他の蜂が皆巣へ入って仕舞った日暮、冷たい瓦の上に一つ残った死骸を見る事は淋しかった。

然し、それは如何にも静かだった。

と、くどいくらい「 淋しい 」と「 静か 」を使っている。(注2.)


ここでも、私が教師なら、最初の「 淋しかった。」は重複していて余分だろうと指摘する。

「 然し、それは如何にも静かだった。」の「 然し、」も余計だろう、と。

大体から、文章全体が、たどたどしくて読み難いと感想を述べる。


あらためて読んでも、プロの作品とは思えない。

これが私の第一印象だ。


私は、『 城の崎にて 』の中の形容詞は、テキトーに捉えて良いのではないか、

読み飛ばすくらいの勢いでも構わないのではないか、と思う。



イメージ 1


*----------*-----------*
【注解】

注1.「 寂しい秋の山峡を〜 」

 『 小僧の神様・城の崎にて 』 志賀直哉著 新潮文庫 平成25年2月25日 80刷  p.28〜29


注2.「 それは見ていて、〜 」

 『 小僧の神様・城の崎にて 』 志賀直哉著 新潮文庫 平成25年2月25日 80刷  p.30


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【城の崎にて】

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