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先輩へ届け


思い込みというのは恐ろしい。


今となれば知っている人も少ないと思うが僕の漫才の師匠は自分の両親である。

長年、夫婦漫才で活動していたが二年前の春に母が亡くなり現在父一人で活動休止状態である。

今回は自分の両親の話という内容ではないので敢えて名前は出さないでおこう。

そんな両親を持っていたので幼い頃はよく楽屋に連れて行かれた。

楽屋と言っても幼い頃から人見知りだった僕は劇場に着くと楽屋には残らず当時まだ全てが自由席で客の入れ替え制もなかった劇場の二階席へとまっしぐらに向かって行った。

ちなみに一階席は満席になることもあるので、お客様の迷惑になるから行くなよと親からきつく言われていた。

今は跡形も無くなってしまった旧なんば花月と旧うめだ花月。当時はお客さんもまだまだ疎らなそんな二階席が大好きだった。

そりゃ特権とは言え親が帰るまでタダで寄席をたっぷり堪能できるからである。

時を同じくして

そんな僕の幼少期と平行して僕の母親と同じように着物を衣装にしていたある女性の芸人さんも差ほど僕と歳が変わらない自分の息子をよく楽屋に連れて来ていたらしい。

当時の僕は多分一度もその息子とは会っていないと思うが子供の記憶なので定かではない。まあ、すれ違ったとしても話したりしていないのは確実だ。

さて、その芸人さんの息子。大人になってから他の人から聞いた話だが、なかなかの悪童だったらしい。楽屋で色んな芸人さんに迷惑を掛けていたんだとか。僕とはかなり対照的な存在だったようだ。

時は過ぎて僕がこの世界に入ってまだ間もない頃ある先輩に言われた。

「君はほんまに子供の頃、悪いやつやったなあ」

一瞬、意味が分からなかったので

「えっ?何のことですか?」

と聞き直すと

「楽屋でみんなに迷惑かけとったがな」

と。

いやいやいやいや!この人は何を言い出すんだ?元々人見知りで楽屋にほとんど居なかった僕がどうやって大先輩方に悪事を働くというのだ。全く身に覚えのない話だし変な噂でも広げられたら困ると思い先輩とはいえ反論した。

「僕じゃないと思うんですけど…」

「いや、君やった」

「僕ほとんど楽屋に居ませんでしたから」

「いや、君やった」

「人見知りですから」

「いや、君やった」

全く聞き入れてもらえない…。

そんな応酬を繰り返しながら、ふと前に聞いていたもう一人の息子のことを思い出した。

「あ!それひょっとして僕じゃなくて◯◯さんの息子と違いますか?」

「え……」

これで形勢は逆転した。あやふやだったその先輩の記憶も僕の一言で当時のリアルな映像が頭の中に浮かび出し自分の勘違いに気付いて、きっと僕に「あっ、そうか!すまんかった!」と謝るはず。さあ!先輩どうですか!

「うーん、やっぱり君やわ」

「……」

…完璧な思い込みである。

先輩の頭の中では「着物」「女性」「息子」というワード以外を受け入れる気はなくまるで昭和時代の冤罪の仕組みのように僕は犯人へと仕立てあげられたのだ。

分かりましたよ先輩。
もう僕でいいですよ。

はあ、もう人間には二度と生まれてきたくない。生まれ変わるなら深い海の底の貝になりたい。

と、映画「私は貝になりたい」のような気持ちで諦めるしかなかった。

ただ、当時一度も話したこともないのに端から冷たくされた他の先輩などは、ひょっとしてあの先輩から間違った情報を聞いていたんじゃないかと未だに疑っている。

何かの占いで見たことがあるが僕は誤解されやすい運命らしい。

そう言えば中学の頃にも言ってもいない友達の悪口を僕が言ってたと誰かが嘘の告げ口をして問題になったこともあった。

まあ、一番腹が立ったのは大阪時代に相方の方がしっかりしていると思われてたことがあったのは、これを書きながらもイラッとしたので今、スマホの画面に思い切り濃いめの指紋が付いた。

せめて人生の後半は良い誤解ばかりにならないものだろうか。

あいつは天才

とか、うん、直ぐにバレるか。



こんな運命で育ったせいか僕は人の噂話をあまり信用しない。



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