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昨日、黒瀧山の開山忌に行った折、
旧事本記大成経巻十七神皇本記上巻上神武天皇の記述の中にある、
「頭八咫烏」について尋ねられた。
旧事本記大成経は一通り見た(目を通した程度)が、
膨大なものだけに記憶になかった。
所謂、神武天皇の東征に道案内をした、「八咫烏」(ヤタガラス)のことであるが、
『古事記』は「八咫烏」、『日本書紀』は「頭八咫烏」、『先代旧事本記』も同じで、
ただ、(ヤタガラス)の読みが付いている。
宮東斉臣の鷦鷯傳旧事本記大成経では(かみやたがらす)のルビある個所がある。
儂は、八咫烏の頭目と解しても良いのではないかと思う。
神武天皇二年の末尾に「頭八咫烏に勅して曰く、
汝功徳太(はなは)だ多し、皇軍の迷えるを道(みちび)き、天上の使いを成し、
徴敵の使いを成すも、乃(なんじ)は人の類に非ず、
故に功を賞す為便(すべ)無し、
冀わくは其の裔を得て葛野の県主に封ぜん」と、あるところは、
人間扱いにされていない種族の頭目と読めば、
周囲の状況が理解できるのではないか。
「吾是天魂弥於八極 有八箇頭 天照大神分為荒魂 尊天孫故下以称臣」
(吾は是の天の魂(みたま)なり、八極(ヤスミ)に弥(はびこり)て、
八箇の頭あり、天照大神の分為された荒魂なり、
天孫を尊ぶ故に下(天下り)て以て臣(やつがれ)と称す)ともある。
この八咫烏、羽を広げれば百里にもなる。
それが四天に到って五十里、三天いてたって一十里、二天に至って一里、
地に降りて八尺、後世に二尺(60センチ)なり。と、
常に神門を棲みかとして神に供奉する。
故に神門を鳥居と呼ぶと。記されてある。
こんなことで理解して貰えるでしょうか。
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