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【正満 英利】2012/8/21 永眠 もう更新は、御座いません

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  11月10日は、潮音禅師の誕生日だ。仏門では愍忌と呼んでいる。
 
 『潮音禅師年譜』をみると、
 
 「後水尾院皇帝の寛永五年戊辰(1628)十一月十日辰の刻(午前八時)に生まれた。
 
 肥前州(佐賀県)小城郡の人なり」とある。
 
 詳しくは小城市小城町西川(旧小城郡三里村字池上ヶ里の小字西川)の生まれで
 
 ある。
 
 姓は楠田、父は某(徳雲元栄居士 = 延宝三年四月廿二日没)、
 
 母は前田氏(心鏡妙観大姉 = 寛永九年六月五日没)、
 
 家業は記されていないが、地元で尋ねると、「石工でなかったか」との返事、
 
 西川集落に隣接する砥川(戸川)集落には、石工が集団して住んでいて、
 
 西川集落はその一部地域でもあつたと聞くし、
 
 又、父が後妻(月浦和尚の母)を、戸川集落の(塚原氏)から迎えたが、
 
 これが家業は石工と伝えられているのではないだろうか。
 
 『潮音禅師年譜』は、更に「大悲山の観音大士に祷(いの)って身籠り ・・・ 
 
 胞衣(えな)を左肩に纏って、恰も褊袒(へんだん)の相の如し ・・・」とある。
 
 胞衣を左肩に纏ってと云うから、へその緒が左肩に巻き付いて生まれた。
 
 それが偏袒の如し、衣をまとった様だつたと云う。
 
 大悲山は、西川集落の寺で「大悲山慈雲寺」、
 
 本尊は「聖観世音菩薩」であるが、
 
 すでに廃寺となってその跡地には僅かの墓塔が残っている。
 
イメージ 1
               大悲山慈雲寺の跡 
 
 其処に、黄檗宗第五十七代管長村瀬玄妙猊下が、
 
 「黄檗緑樹派祖潮音道海大和尚誕生地」の大きい石碑を建てられてた。
 
イメージ 2
                潮音禅師誕生地の碑
 
 潮音禅師の生家跡は、全く不明だがこの近くであった。
 
 そして、この寺の住職 泰雲和尚について、九才から読み書きを習い、
 
 十三才で得度を受け、仏門に入った受業の寺である。
 
 後には、弟の月浦和尚もこの寺で泰雲和尚から得度を受けたのである。
 
 
 

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