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潮音禅師の『指月夜話』第六巻に、
「要傳神道」と題する一項がある。
それには、潮音禅師と旧事本記大成経の因縁が記されている。
潮音禅師が、江戸白金の瑞聖寺の首座寮に止宿して居た時、
池田氏が訪ねてきて話すのに、
「先日、貴殿の註解した『聖徳太子十七条憲法註』を見たが、
聖徳太子十七条憲法註の序文
聖徳太子には別に『釈氏憲法』があるが、それを見た事があるか、」とのこと、
余は、「未だその名を聞いたことも無ければ、見たことも無い」と、答えると、
池田氏は、「貴殿がこれを見ても亦偽造だと必ず云うだろう」というので、
余に貸して見せてくれたら大幸だと話した。
又,京極氏が来て言うのには、
「我が国神道の秘典がある。今日持参したが、
牛兄禅師(鉄牛禅師)に因って異朝の善知識(隠元禅師)に
之を見せしめンことを願いたい。」と、
余は其の書を持って来ているのならば見せてくれと云うと、
即時に神典を出したので、一覧したが句読が解らなかつた、
京極氏は、「神典には、和国読(やまとよみ)の伝があると云う」
これは道理だ。
その時、「聖徳太子の釈氏憲法が有るか」と聞くと、
「それは『五憲法』にある」というので、ぜひ見たいと話すと、
聖徳太子五憲法の表紙こぴー
京極氏は、帰宅して直ぐに使いの者に持たせ届けたので、
早速これを見て驚いた。これまでに聞いたことも、見たことも無い、
これは天下の珍宝。これに過ぎるものはないと思った。
その後、これは『聖徳太子の先代旧事紀』に在ることを知り、
京極氏から正部を借りて読み、
雑部をまだ見ていない或る日、
長野氏が来て云うには、
「伝え聞いたところ、貴方は「太子の神書」が、お好きとのこと、
私は正本持っているので、若し、写本したいのなら写してもよい」とのこと、
余は多年の大望、何んと幸いか、これに過ぎるものはないと借りて写本した。
之によって、正部、雑部七十二巻を書き写した。
『指月夜話』第六巻「要傳神道」の一ページ
これが潮音禅師の書き記した旧事本記大成経及び長野采女との因縁である。
この経緯を知らないで、当時の廃仏論者や儒学者は、
『旧事本記大成経』は、恰も潮音禅師の偽作と喧伝したのである。
『潮音禅師年譜』の、延宝三年(1675)の項に、
「池田逸士 持聖徳太子所製憲法本紀来 又見京極氏所蔵太子旧事本紀
通曉吾国神道極致」とあるのみ。
翌年春には、金田城代等の請いで、館林場内で『憲法本紀』を講じている。
五憲法のうち通蒙憲法 「聖徳太子御製」とあるのに注意 延宝七年(1679)には、版本屋の豊島屋の求めで
正部に目録・序伝の四十巻を出版したのが、
やがてこれが偽書だと訴えられ、
「旧事本記大成経の偽書事件」に発展していくのである。
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