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大晦日、今年も今日で終わりか、
可愛いウサギの年の筈だったが、何と荒狂った泥鰌の年だった。
八十過ぎた老人には為す術もないが、年金の減額は、一寸寂しい感じだ。
今更、政府に苦情云った処で通らない。
七艸庵の玄関 売茶翁の像をなかに
さて、今年八十才を記念して、元旦から始めた吾ブログだが、
中心が儂の追及している 「黒瀧開山潮音道海禅師」の関連、
之じゃあ、興味の無い方には全く面白くも無いブログだ。
だから、「コメント」も極めて少ない、新しい友達は全く出来ない。
それでも儂は、初心を貫徹して今日も楽しくブログしている。
ところで、昔から「一夜飾りはするものでない」と云われるので、
儂の家でも、神棚や仏壇の掃除、その他の片付けを済ませ、
年用意の済んだ神棚と仏壇
床には、林文照管長の、「仁者壽」(にんじゃはいのちながし)の書を掛けた。
論語の言葉である。
床には「仁者壽」の墨跡 吊るし雛は嫁の作品
新年を寿ぐ心算で、別に長生きしたいと思ったわけでない。
人生、八十まで生きれば沢山だ、後は余りの人生、
儂は、ガンの治療を中止した。
抗癌剤の副作用で苦しみながら長生きする必要はない。
ガン治療を続けたとしてもこの先は知れたものだ。
ガンなぞに執らわれず、惑わされず、考えず、
これからは「心機一変」して、自然のままに生きて行こう。
良寛和尚は、「病める時は病めば宜しい、死ぬときは死ぬが宜しい」
と云っている。
中々整理の尽かないアトリエ
儂のアトリエは、いつも整理の尽かない場所だ。
整理すると資料が判らなくなる。
その欄間に、村上鬼城の
「春待つや峰の御坊の畳替え」の額が懸けてある。
村上鬼城の額
これは年の暮だからと云うわけでなく、好きな句なので年中掛け続けている。
ここは、山の御坊でなく鼻高山麓の七艸庵だ。
畳替えは五年もやっていない。
それでも、明日に成れば自然と年が明ける。
新年は「昇龍」の辰年で有って欲しいものだ。
今年は暴れるなよ、儂は知らんぜ。
八十一歳の誕生日が、ほど近い、
老人、いや廃人の今年最後の呟きだ。
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