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【正満 英利】2012/8/21 永眠 もう更新は、御座いません

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 博覧強記で知られる潮音禅師の編述し出版した書に、
 
 『観音感通傳 三巻』がある。
 
 『潮音禅師年譜』の、万治三年(1660)条に
 
 「禅余観音感通傳三巻を編集刻して行ず、
 
 六十六所観音の霊区に寄鎮し兼て国母東福門院に上(たてまつ)る。」
 
 とある。潮音禅師が初めて住職となった
 
 美濃関市にある萬亀山臨川寺での編纂である。
 
 いまその『観音感通傳三巻』を見ると、
 
 序文には翌年の「寛文元年(1661)辰歳季秋十八日、
 
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 亀山沙門 海潮音序」とあり、
 
 下巻の末尾には「寛文二歳孟冬吉日 飯田忠兵衛版行」
 
 更に、奥書には「寛文三癸卯年孟春吉旦 濃州臨川沙門潮音謹識」とある。
 
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 従って、編述初めて出版までには前後三年も要したことが知れる。
 
 これは未だ黄檗山に入る前の事だった。
 
 内容は、上巻で観音経を解説し、中巻ては天竺、中国の霊異記を、
 
 下巻に日本の霊異記が解説されている。
 
 潮音禅師は、この後、寛文十年(1670)に、
 
 美濃大慈山小松寺で、『聖徳太子十七条憲法註』を版行している。
 
 小松寺の本尊は「観音菩薩で」ある。
 
 未だ『旧事本記大成経』を知らず、『五憲法』を知らなかった時のことで、
 
 聖徳太子は「観音菩薩の化身」と、仰がれていた時だった。
 
 廃仏論のなかで仏教興隆のために、聖徳太子を持ち出したのである。
 
 潮音禅師には処々に観音信仰が現れているが、
 
 『年譜』によれば、
 
 両親が大悲山慈雲寺の観音様に祈願して生まれた子でもある。
 
 生まれた時は胞衣が肩に巻きついて袈裟を掛けていたようだったと、
 
 
 
 
 

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