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【正満 英利】2012/8/21 永眠 もう更新は、御座いません

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達磨寺のドイツ人

 
 「達磨寺のドイツ人」とは、
 
 高崎市豊岡町の文人浦野芳男の著わした、
 
 『ブルーノ・タウトの回想』を参考に、
 
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         『ブルーノ・タウトの回想』 浦野芳男著
 
 黒沢明監督が書いた脚本で、戦時中でフイルムの配給に事欠いて
 
 映画化されないままになっているものだ。
 
 達磨寺は、縁起ダルマで全国的に知られる、高崎の「少林山達磨寺」、
 
 この寺の恒例の「七草大祭ダルマ市」は、一月六日と七日に行われたが、
 
 境内の一隅に、群馬県指定史跡の「洗心亭」がある。
 
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               「洗心亭」 ガラス戸は土間の入り口
 
 木造平屋で、六畳に四畳半に土間だけの極めて簡素な建物、
 
 ここに、ヒットラーのドイツから亡命した、
 
 近代ドイツの建築家ブルーノ・タウト(1880〜1938)が、
 
 昭和九年(1934)五月から、二年三ヶ月生活していた。
 
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       「洗心亭」全景 石碑には「私は日本の文化を愛す」と刻む
 
 この間、日本での建築家としての仕事はなかった。
 
 「建築家の休日」と日記に書いているタウトは、
 
 執筆に力を注いでいた。
 
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                タウト関係の出版物
 
 その様子は『タウトの日本日記』や、
 
 浦野さんの『ブルーノタウトの回想』に詳しいので
 
 機会が有ったら読まれるといい。関係書籍はは沢山出ている。
 
 「洗心亭」で書かれた、『ニッポン』と『日本文化私観』は、
 
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       『ニッポン』と『日本文化私観』の初版
 
 幾度となく出版され、文庫本までもある。
 
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          『ニッポン』と『日本文化私観』の文庫本
 
 『タウトの日記』を見ると、昭和十年十月二十六日に タウトは、
 
 少林山先々代住職、大蟲和尚の案内で、黒瀧山に登り一泊している。
 
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                               タウトが訪れた頃の黒瀧山の山門
  
 その日記の中で、
 
 「・・・ これほど不自由な生活に堪えていくなど想像に絶する。
 
 かかる山中に寺院を経営した、往昔の求道者のことを考えると、
 
 人間と云う動物も、それほど下らない存在でもなさそうだ」と、書いている。
 
 タウトは、昭和十一年(1936)11月、トルコのイスタンプールに移り、
 
 1938年(昭和13年)12月24日、イスタンプールで亡くなった。
 
 エデイルネ門外の市営の墓地に葬られている。
 
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                 ブルノータウトの墓
 
 儂は、平成十七年三月、イスタンブールを旅した時、
 
 エデイルネの市営墓地に、タウトの墓をを尋ね、
 
 日本から持参した線香を灯してお参りして来た。 

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