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民族学者 柳田國男薯著の『山の人生』を読んでいたら、
「黒瀧の山大人」の伝説のことが書かれていた。
それは『日本本草図彙』の中に書かれてあったと、
次のように書いている。
「上野黒瀧山不動寺は、山深く、険阻にして、
堂宇はその間に在り、魔所と伝えて怪異甚だ多し。
山の主にて山大人と云うものあり、
一年に二、三度は寺の者これを見る。
その座するときは膝の高さ三尺(約1メートル)ばかりあり。
たまたま足跡を見るに、五、六尺(約2メートル)あり、
一歩に十余間(約20メートル)隔っと云えり。」と、
いま聞けば、「ヒマラヤの雪男」の話の様だが、
深山に伝わる怪異な伝説として話されている。
山大人とは山の大人と云うことだ、
大人は『大漢和辞典』に依れば、
有徳者、長上に対する尊称、輪転王尊称転じて一般に仏菩薩を称すとある。
従って黒瀧の山大人と云えば,潮音禅師に他ならない。
形姿の大きさはその徳の大きさを表したものだ。
いま黒瀧山不動寺に伝わる陳玄興の筆になる、
県文化財指定の「七師七友の図」をみると、
県指定文化財「七師七友の図」陳玄興筆の拡大 (黒瀧山蔵) 上図「七師七友の図」のコピー (私像)
日月星の三光を戴き,黒瀧の山川草木を背景にし、
岩上に倚座した潮音禅師の画像を見れば、
これこそ黒瀧山の山大人と判ることだ。
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