七艸庵 短い間でしたが有難う御座いました。

【正満 英利】2012/8/21 永眠 もう更新は、御座いません

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  南牧村には幾つもの不動様が 祀られている、
 
 その代表格が「黒瀧山の不動明王」で、
 
 ほかに「大塩沢の不動尊」 「威怒牟畿不動」 「雁の岩の不動尊」 「滝の沢の不
 
 動尊」等が、村内に祀られてある。
 
 黒瀧山の不動明王は、その姿が金色に輝いているので、
 
 一般に「金躰不動明王」と呼ばれているが、
 
 儂の思うところ、金剛界、胎蔵界の両界の不動で、
 
 「金胎不動明王」とするのが正しいのではないかと考えている。
 
 寺伝では、行基菩薩(668〜749)の作と、
 
 その真偽は判らないが、
 
 潮音禅師が、この山を開く(1675」までは、
 
 「黒瀧泉」(神龍滝)の脇にある大洞窟(天女窟)の中に安置され、
 
 「黒瀧の不動」と信仰されていた。
 
イメージ 1
               黒瀧不動明王の納まった佛龕
 
 潮音禅師が延宝三年(1675)の秋、黒瀧山を開山し、
 
 黒瀧山に禅堂を建てると、その中尊として禅堂に移されたもので、
 
 洞窟には弁財天を祀り、洞窟を「天女窟」と呼ぶことになった。
 
 『潮音禅師語録』を見ると、
 
 「 ・・・ 不動明王は、古老の相伝えるに行基菩薩の彫刻するところなり、
 
 年代深遠にして朽壊殊に甚だし、維歳延宝五丁巳年(1677)仲夏(五月)、
 
 監院高源及び檀護の市川円慶、小柏一灯、白石了源等修造荘厳するに
 
 善を尽し美を尽す ・・・云々」とあるので、
 
 開基の人達によって痛みを修復され、禅堂の中尊として安置したことが判る。
 
 この時、金色の姿に修復されて、「金躰不動明王」としたのか知る由が無い、
 
 貞享三年に、小柏一灯と、嫡男の一柱が仏龕を喜捨した。
 
 以来この仏龕の中に納まり、十二年に一度の酉年に開扉し開帳している。 
 

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