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【正満 英利】2012/8/21 永眠 もう更新は、御座いません

日記

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 民主党の掲げていたマニフェスト(政権公約)が又一つ崩れた。
 
 高速道路の無料化、消費税の増額などに続いて八ッ場ダムの建設再開だ。
 
 前原元国交相の建設中止宣言から二年余、
 
 中止か、再開かでスッタモンダの末、
 
 昨夜、前田国交相が長野原に来て再開を報告したと。
 
 今朝の上毛新聞は、デカデカに報じている。
 
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 儂ら一家が草津に住んでいた頃、
 
 八ッ場ダムの建設は、賛成だ反対だと、運動が起きた。
 
 そして、如何にか建設工事が始められた。
 
 その頃、草津で生まれた娘は今年53才に成るから半世紀余にわたる問題だ。
 
 そして現在、住民や歴史ある川原湯温泉も移転始め、
 
 道路の付け替えなど、工事は8割がた進み、残るはダム本体と云う現況である。
 
 ここまで工事が進んだのだから、やるしか無いだろう。
 
イメージ 2
 
 儂にとって水没される吾妻渓谷は、天下の名勝というより、
 
 関係した或る大事件の舞台となった所で、忘れがたい処である。
 
 潮音禅師もこの地を訪れて、樋口宅に数日宿って温泉に浸っている。
 
 潮音禅師年譜の延宝四年(1676)の項に、
 
 「 ・・・ 過河原村有温湯寓樋口氏宅浴之数日作温湯記併偈 ・・・」とある。
 
 この集落には、今でも樋口姓はある。
 
 『温湯記』では、
 
 腰や脚の傷みが酷く坐禅するにも苦しんだが、
 
 一両日この湯に浴したところすっかり痛みが消えて心身ともに楽になったとし、
 
 湯浴みの法を細かく記している。
 
 また偈では、「能く千種の病を治す、還って大医翁に勝る。云々」とある。
 
 ダムが完成すれば、潮音禅師の湯浴みした温湯も湖底に沈むことになるが、
 
 そんなことで感傷に浸っている訳にはいくまい。
 
 
 
 
  
 寛文六年(1666)の春、
 
 潮音禅師は江戸に迎えられて大慈庵を開いた。
 
 そこに参じた人の中に、
 
 肥前佐賀藩二代藩主光茂の息女仙姫(土居大炊頭利重夫人)が居た。
 
 時に、その仙姫から、潮音禅師の道歌に詠まれている、
 
 「四弘の願」と、「六度の行」に就いて、細かく説明を求められと、
 
 即日筆を執ってその詳細を回答した。
 
 『潮音禅師年譜』には、
 
 「・・・閲 師道歌発心 請細解四弘六度義 師即日取筆書贈 扁曰 霧海南針
 
 鏤梓行干世 ・・・」とある。
 
 『霧海南針』は、仙姫の問いに答えたもので、
 
イメージ 2
                  寛文12年版のコピー
 
 それが出版されて世に出たものである。
 
 それには、寛文七年仲春吉旦版行されたものと、
 
 重版された寛文十二年十一月吉日山本九左衛門版とがある。
 
イメージ 3
         寛文7年版(左)と寛文12年版(右)の奥付 (何れもコピー)
 
 重版されたところを見ると評判も宜しかったと思われる。
 
 その内容は、「四弘の誓願」と「六度の行」、
 
 更に、六波羅蜜の「忍辱」、「精進」、「禅定」、「智慧」に就いて
 
 仮名交じりの文で詳細に説示しているが、
 
 「禅定」の解説中で、「日蓮一向の二宗は日本の新宗にて邪宗なり」と決めつけ、
 
 「古徳の公案を集めて参則と収めた行巻袋、密参箱は、
 
 火事に逢い、或は水に流したら、一大事因縁は悉く一時にめっきゃくす・・・」と、
 
 又鳶や烏が死んだねずみを秘蔵する様なものと、
 
 公案禅を厳しく批難している。
 
イメージ 1
               陳玄興の描いた潮音禅師    浅間普賢寺蔵
 
 これが他教団から反撃を受けるのである。
 
 禅学者古田紹欽は、その著書の中で、
 
 「当時の禅界にあって、この人くらいその時代に幅広く生き、
 
 信念に徹して思うことを憚らずいい、かつ行動した人はめずらしい、
 
 ・・・・ 黄檗の一宗がその基礎を固めようとした時代、
 
 この人ほど世の注目を受けた人は、なかったのではないか」と、
 
 幕末の頃の小冊子で『霧海南針』と云うのがあるが、
 
 全く別人のものなので、敢てタイトルに「潮音禅師の」とした。
 
 要注意。これは呟き。

潮音禅師の風評

 
 儂が、「黒瀧潮音禅師」に興味を持ち始めた頃、
 
 「折角の研究に、評判の良くない潮音和尚を選んだのでは無益です ・・・。」と、
 
 忠告の手紙をくれた、地元史の先生がいた。
 
 儂には、それが却って「火に油を注いだ」結果になって今に及んでいる。
 
 あれから30年、いや40年にもなるだろう。
 
 頼る先生も居らず、孤軍奮闘、東奔西走したが、
 
 時間と費用を浪費したが結果はその通り、「無益」に近い。
 
 それでも、儂は「好きな事が出来た」と、満足している。
 
 「評判の良くない」云々は、やはり『旧事本記大成経』の出版に加担したことで、
 
 儒学者等から猛反撃を受け、悪評が喧伝されたことで、
 
 潮音禅師が、『旧事本記大成経』を、偽作出版したと、喧伝されたことに起因する。
 
 『旧事本記大成経』に就いては、後日紹介するとしたいが、
 
 今に思えば、志摩伊雑宮の神戸の復権争議によって生まれたもので、
 
 それを、潮音禅師は信じて疑わなかった。
 
 時恰も、中国から来朝した大智識、隠元禅師による、
 
 新渡の黄檗禅が全国に拡大して行く中、
 
 その急先鋒の潮音禅師は、林羅山や熊沢蕃山の、
 
 『廃仏論』や、『扶桑護佛神論』に真正面から反撃し、
 
 『霧海南針』では、既存の禅宗を批判し、
 
 真宗や日蓮宗を邪宗と決めつけたのだから、
 
 「出る杭は打たれる』の言葉通りに、「四面楚歌」集中攻撃を受けたのである。
 
 しかし、一般庶民には大へん受けが良く、
 
 どんな山寺でも、「潮音禅師の法話」が有ると聞けば、
 
 忽ち大勢の善男善女が集まり、戒を受け、宗風は拡大された。
 
 そして、やがて寺院が建立されていった。
 
 潮音禅師出身の九州佐賀にも、何度か足を運んで評判を聞いた。
 
 一般の人に、潮音禅師を尋ねても知っている人は極めて少ない。
 
 或、郷土史の大家にお訪ねすると、
 
 「潮音禅師と云う人は、折角、徳川綱吉の帰依を受けて、
 
 上州館林に立派な広済寺を建ててもらったのに、
 
 意見が違うと、寺を焼いて黒瀧山に逃げたそうだ。」
 
 と、誠しやかに語ってくれた。
 
 九州の地元でもこの程度ことかと、
 
 儂は絶望したことがある。
 
 
 
 18日は長野のお勤めに行って来た。
 
 信濃路は風も無く穏やかだったが、
 
 午前中はシンシンと肌を刺すような寒さだった。
 
 標高1000メートル程の内山峠だが、
 
 気温差は上州と信州の格差は歴然としている。
 
 内山峠には道路端に残雪が少しあった。数日前の雪だろう。
 
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 信州側の内山峡に、蜂蜜で知られた「桜井さんち」が有る。
 
 これまで寄ってみたことがなかったが
 
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 何処でも、店に寄れば無駄遣いすると云われて、
 
 ドライ婆ーに、寄って貰えなかったが、
 
 今日は風の吹き回しが良かったのか、
 
 早速、「リンゴの蜂蜜」を一本買わせられた。3000円也だ。
 
 ついでに、「蜂の子」650円也を、
 
 蜜蜂の子を佃煮にしたもので病人の栄養に効果があると云う。
 
 果たしてどれだけの効き目があることやら。
 
 効くと信じて呑まなければ、どんな薬だって効果なんか無いさ、
 
 それが「儂のインゴウさ」だと ・・・ 。
 
 ドライ婆ーの一言。
 
イメージ 3
 
 「桜井さんち」は、ドライブイン風で食事もできる。
 
 「ほうとう」が食べたかったが、別の予定も有ったので次回にする。
 
 調理室からお茶を出してくれた小母さんが、
 
 「今出来たところ」と、オヤキをサービスして呉れた。
 
 とても美味かったが、予算が無い。今度これをお土産にしよう。
 
 しかし、1月〜3月は冬季休業だそうだ、念のため。
 
 
 このほど、自動車運転免許を更新した。
 
 ここ数年、四大不調、眼はショボショボするのて運転はしないでいた。
 
 更新の時期が来たので、この際「免許の返上」を考えたが、
 
 儂、専用のドライばあーさんの妻も、既に喜寿越している。
 
 何時運転出来なくなるやも知れない、
 
 そんな時、免許が無ければお手上げになるよと、
 
 警告されたので、考えなおして更新したのだ。
 
イメージ 2
                 免許は何れも大型
 
 事実、「七艸庵」は、山の中腹に有って歩いて出るのは大変なこと、
 
 やはり運転免許が必要かと、この老いぼれ。
 
 高齢者講習も、四度目になるので受講要領よく望み、
 
 平成27年2月まで有効の「大型免許」を更新した。
 
 その時が来れば、儂は数えで84才になる。
 
 もう、4、50年も前の事だが、
 
 街頭易者に、「あなたは83才まで生きますよ」と云われたが、
 
 平均寿命が75才のころのこと、
 
 まして、父親は36才で亡くなっているので、
 
 その時は 「そんなに生きるかい」と、馬鹿にしながら聞いていたが、
 
 驚いたことに、年が明ければもう、82才だ。
 
 その通りに逝ければ、免許もの「有効期間中」だから、
 
 自分で運転して逝けると云うものだ。
 
 今度引き受けた、京都の「おてんま」の勤めも、年に一二度の出張、
 
 任期は、平成26年11月まで、その位何とかなるだろう。
 
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                  おてんまの辞令
 
 膏肓に入った悪玉菌は、放っておけばあと3年だと担当医。
 
 三年も生きればいいじゃない、何の役にもたたないこの身だから。
 
 総てが三年、何かと忙しくなるぞ。
 
 「蠟月の火 山を焼く」と云うことだ。
 
 これも、老人の呟きさ。
 
 

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