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10月5日から始まった「魚山大原寺寂源上人 勝林院開創一千年紀」慶讃法要であるが、 哀しき哉、開闢の「勝林院堂供養四箇法要」に出仕することかなわなかった…。 追って8日、遅参す。 8日は日中法要が上之房・来迎院で勤まり、逮夜法要は通常通り勝林院で勤められた。 両座とも浄土宗が担当し、日中は『阿弥陀懺法・呂様』、 逮夜は『知恩講式』が古式に則り厳修されたのである。 いずれの法要も、長らく廃絶していた音曲である。 『阿弥陀懺法』は我が宗門にも伝えられて、親しく勤められた法要であるが、 戦前の声明改正によって『観無量寿経作法』という名称に改められて、 経段(『観経』真身観)を残して前後の音曲は全て別物に改められている。 現在本山では、毎年10月12日に勤まる「亀山天皇聖忌」で依用されている。 それこそ「亀山天皇聖忌」では「御懺法講」と同じ遵式で行われている。 思えば「懺法」というスタンスからいえば、現行の「亀山天皇聖忌」のありようには矛盾がある。 『阿弥陀懺法』改め『観無量寿経作法』からは、法要の中心をなす「懺悔」が完全に消えている。 「御懺法講」のスタイルを保ちながら「懺悔」のない『観経作法』には、 如何にも違和感が禁じ得ない。 もっとも「悪人正機」を説く浄土真宗に、 「懺悔滅罪」は不要なのであろうから全くの形骸だけで事足るか…。 そんな思いを寄せながら、浄土宗の声明家たちが唱和するいにしえの音曲に、 私はほれぼれと聴き入ったのである。 ▲
日中法要 『阿弥陀懺法・呂様』厳修風景。 平日にもかかわらず、参詣者の多さには我ながら驚いた。 上之房・来迎院本堂にて。 ▲▲ 逮夜法要 『知恩講式』厳修風景。 日中の色衣を改め、元祖の遺徳を偲ぶが如く、黒衣に白麻の五条袈裟が映える。 本尊「証拠の阿弥陀」も、800年前の出来事に思いを馳せるか…。 以上、2013年10月8日撮影。 午後の逮夜法要も浄土宗による『知恩講式』が勤まった。 『知恩講式』もまた、広く浄土門に流布した音曲で、 本願寺では第8世・蓮如の頃まで、毎月元祖法然の忌日に勤められていたようだ。 これは法然の門弟である隆寛律師によって編まれた、語り物の声明曲である。 5段構成の式文を、それぞれの式師が順番に朗唱していった。 いずれも2時間を前後する長時間に及ぶものであるが、 時間に世知辛い現代なればこそ、悠久の時間を妙音声とともに過ごしたい。 来迎院も言うに及ばず、ことに勝林院本堂は文明の利器たる集音装置を要としなかった。 絶妙な音響効果を持つ仏堂であることを、今更ながら実感した。 あくまで想像の域を出ないことであるが、 梵唄声明を唱えるために造営されたのか…と思わせるほど、 堂内から響く音曲は美しく、そして魚山の風光に溶け込んでいたのである。 【関連記事】■「勝林院開創一千年紀」点描。−一向衆の響き、真宗大谷派−■勝林院開創一千年紀・慶讃法要、開闢。 ■聲明へのいざない −「勝林院開創一千年紀」に向けて…− ■「証拠の弥陀」。−魚山勝林院− |
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