防衛問題

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軍事力の意義

 世界の独立国の大半は軍を保有している。そしてその保有する軍の規模は、通常その国の人口や経済力、周辺諸国との関係により異なる。

 また、自由主義国の軍隊は、国軍として国の防衛を主な目的とするが、共産国の軍隊は党の軍隊であり自由主義国の軍隊とは性格を異にしている。従って、自由主義国の軍隊は決して国民に銃口を向けることはないが、共産国の軍隊は国民に銃を向けることもありえる。

 1989年6月の天安門事件は、民主化を求める中国国民に対し人民解放軍が投入され数百人から数万人といわれる(中国当局の情報統制により死者数はいまだに解明されていない。)中国国民が軍の装甲車の下敷きになったり、軍が発砲する銃弾の餌食となった事件であるが、これは、人民解放軍が国軍ではなく中国共産党の軍隊であることを如実に示している。

 このように軍の成り立ちや性格により異なるものの、各国が保有する軍事力には、国家(共産国においては体制)の防衛を担う戦力として、また外交交渉における威圧力としての意義がある。



 わが国の自衛隊は、憲法の制約から他国の軍隊とは性格を異にするが、その意義については他国の軍隊と何等違いはない。自衛隊の存在意義は、他国からの侵略に対する抑止力であり他国軍隊と異なるという説明がなされるが、世界各国の軍隊は全て抑止力として説明がなされており、1928年にパリで締結されたいわゆるパリ不戦条約において禁止された侵略戦争を意図している軍隊は存在しない。

 但し、共産主義国の軍隊は、共産党の軍隊という性格上、共産党が世界の共産化を目的とする限りにおいては共産革命軍としての目的を有しており、これが自由主義諸国の脅威となっている。

 いずれにしても、各国は近隣諸国との軍事バランスを考慮し適正な軍事力の保持に努めているのが現状である。この軍事バランスが取れているときには政治的に衝突してもお互いに抑止力が働き軍事衝突の危険が回避されるのである。

 

 また、軍事力は政治的圧力の手段として使われるのも世界の常識である。軍事常識に疎い日本人はそのような観点から軍の行動を分析できないから気が付いていないだけであり、軍が政治的・外交的意図を持って行動する(使われる)ことは日常的なことなのだ。

 かつて台湾独立を主張する李登輝が台湾総裁を目指す選挙が行われたとき、中国は台湾に向けた大規模なミサイル発射訓練を行いその動きをけん制したことがあった。これは、「台湾独立に対しては、軍事行動をもって反対する。」という中国の意思表明である。

 これに対し、米国は横須賀に停泊中の第7艦隊を直ちに出動させ中国沖において軍事演習を実施させた。これは「台湾進攻に対しアメリカは断固反対し、そのためには軍事力の投入も躊躇しない。」というアメリカの中国に対する明確なメッセージであり、それを察した中国は台湾に向けたミサイル発射訓練を中止することとなった。

 このように軍事力というのは、外交交渉の手段として使われるのが常識であり、外交交渉においては強い軍事力を持つほうが交渉を有利に展開するというのが厳しい世界の現実なのだ。

 つい最近、尖閣諸島におけるガス田の開発に関する交渉が難航したことがあったが、その際中国に「軍艦を派遣してでも戦う。」と宣言され日本中が慌てふためいたことがあった。これは、軍を外交交渉に利用する国とできない国の差が如実に現れた事例だ。


 わが国においては「専守防衛」「攻撃されれば反撃」を諸外国に宣言しているが、これほど危険で馬鹿げたことはない。軍事力は、いざというときには躊躇無く行使もするし戦える態勢をとっているということを宣言しておかなければ、その意義を達成する事は困難なのだ。

軍事アレルギー

 戦後、先の大戦は軍の独走によるものであり、軍事力を保持することは悪いことだと教育されてきた。これは、アメリカの占領政策により日本人にすり込まれた誤った認識だ。

 日中戦争、真珠湾攻撃開始前の朝日新聞をはじめとする大手の新聞は、戦争に消極的な軍を弱腰と批判し日本を戦争へと駆り立てていったのではないか。また、米国における在米日本人に対する迫害政策、白人国家による対日禁輸措置等、日本を孤立させていったのは当時の国際社会でもあった。

 きっと当時のアメリカをはじめとする白人国家は、日本を孤立させ最終的に戦争になったとしても赤子の手をひねるごとく簡単に勝てると考えていたのだろう。だから、ハルノートなどという到底日本が我慢できないようなものを日本に送りつけてきたのだ。

 ところがその推測に反し、米国をはじめ日本を貶めてきた白人国家は「窮鼠猫を噛む」思いで開戦に踏み切った日本に予想をはるかに上回る被害を負わされて初めて日本軍の真の実力を知ることとなった。

 そのため、戦後日本を占領したアメリカの方針は「強国日本の弱体化」、特に「再軍備の防止」におかれていた。その政策の一つが「軍事力に対する嫌悪感の植え付け」であり、それは戦後60年を過ぎた今でも日本人の軍事に対する感情に大きく影響している。

 とにかく軍事力は悪であり、平和な社会を築くためには軍事力を保持しないことが大切だと信じている国民は少数とはいうものの、彼らは新興宗教のを信じる信者と同様、他の意見に耳を閉ざし他人に自分の考えを強要するためには手段を選ばないという危険性がある。特にその強要が教育界を通じて無垢な子供たちに向けられているのが現状であり暗澹たる思いにさせられる。

 ただ救われるのは、若い世代が既存のマスコミから得られる情報には頼らず、インターネットから幅広い情報を入手し学習するようになってきたこと、海外留学の機会が増え海外で軍事常識を学んでくる若者が増えてきたこと、そして皮肉にも学校教育に携わる左翼教師の質の低下により教師が生徒に及ぼす影響が低下してきたことか。

 また8月15日終戦の日には、多くの若者が靖国神社に参拝しているのも事実であり、多くの若者が自らの意志で過去を学び学校教育で学んだ軍事アレルギーを払拭してもらいたい。

忘れ去られた軍事常識

先の大戦において敗戦国となった日本は、約6年間マッカーサーが指揮する国連軍に占領され「ワーギルトプログラム」により徹底的な洗脳教育を受け、戦争の原因は日本の軍国主義にあると認めさせられ米国製の軍の保持を禁止する日本国憲法を押し付けられた。

これは、「占領者は、占領地の現行法律を尊重して・・・・」と規定するハーグ陸戦協定に反するものであったが、受け入れざるを得なかった。

また、GHQが強烈に推し進めた公職追放により各界の保守層の有力者がその職を追放され、代わりに戦前政治犯として投獄されていた共産主義者が主要な地位を占めることとなった。武力革命を目指す共産主義者にとっては、国軍の保持を禁止する憲法は好都合であったに違いない。

そのため、サンフランシスコで講和条約が結ばれ独立したあとも軍の保持を禁止する憲法は、戦後60年を経た現在も改正されることはなく、必然的に諸外国の大学には必ずある軍事、安全保障に関するゼミは日本の大学にはほとんど存在していない。

また、日本国憲法の前文は、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」として諸国民は平和を愛しておりその公正と信義を信頼することで平和な世の中になるとの幻想を抱かせている。

学校教育においてこの理想的な文章を学んだ日本人の多くは素直にそれを受け入れ、厳しい国際社会の現実を直視できず、世界で起こっている悲劇の原因は単純に軍事力の存在と思い込み、そこで思考が停止しているのではないか。

その結果、軍事力が資源、経済力と同じ国力の一部であり外交にはそれが大きな影響を及ぼすという世界の常識を持つ政治家がほとんどいないというのが現実であろう。


とは言いながら、東西冷戦が終結し、国際協力において自衛隊を活用しなければならない時代となり、軍事力に対する国民のアレルギーも随分と少なくなってきたように思う。

近い将来には、感情論を廃して純粋に学問として軍事について語れる日が来ることが期待できる。


日本の将来を担うであろう若者たちが学ぶ多くの大学に防衛セミナーができ世界常識としての軍事常識を身につける環境が早期に整う事を祈りたい。

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