|
寒い日が続くから、首もとの暖かいハイネックのセーターを着ようか、と思って。 ブルーのセーターを取り出したら、首周りがほつれているのに、気が付きました。 そう言えば、ボクはとっくりのセーターが苦手なんです。 息苦しくて。 ハイネックでさえ、ときどき苦しくなって、首周りを伸ばしながら着る、ぐらい苦手なんです。 だから、ハイネックものは、みな首がダラリ。 その上、ほつれてしまうことが多い。 去年、着ようと思ったときも、ほつれに気が付いて、あ〜直さないと、とそのまま引き出しに戻した覚えがあります。 そうだ、今日は、裁縫しよう。 年期モノの裁縫箱を取り出しました。 青の糸は2色入っていました。 チクチクチク。 はい出来上がり。 目を凝らさないと、直したことに気が付かないでしょう。 ボクの首元をじっと見つめてくれる人もいないし・・・ ほかにも、ありました。 えりのほつれたポロタイプのセーター 赤い糸は、どれが合うかな? 真ん中の糸で、またチクチクチク。 素材が柔らかいので、なかなか上手くいきません。 とりあえず、完成。 よーく見ればバレちゃいますが、ボタンをかければ ほとんど、わかりません。 それに、ボクの襟元をじっとみつめてくれる人なんて・・・・ あ、これは言いましたね。 もうひとつ、ありました。 ボタンがひとつ取れている。 ボタンがいっぱい入ったボタン箱を取り出して、 似た様なものを探して、おっと、裁縫箱には、緑の糸もありました。、 なんでも入っている、魔法のような、裁縫箱とボタン箱。 チクチクチク。 色が微妙に違うボタン。 でも貝ボタンなので、光を反射します。 まず見分けがつかないでしょう。 似たボタンがなければ、まったく違うボタンを取り付けるのも、 アクセントになって面白い。 松尾家では、縁起をかついで、第二ボタンを替えるんですよ、 とか言ってケムにまくのも楽しいし。 けつまずいて、すねを打ち、穴があいてしまったパンツもありました。 ほら、指が出ちゃう。 パンツの色は、濃い青の入った黒に近いグレー。 どれどれ、合う糸は、 一番左の糸がウールっぽくて、色も近い。 これは<めちゃくちゃ縫い>で直します。 ほんとは、裏に同生地をあてて直すんですけど、 そのためには、すそ上げの裏の生地を切り取って、とかいろいろしないとイカンでしょ。 それは大儀だからネ。 <めちゃくちゃ縫い>とは、ボクの命名。 テキトーに、ランダムに、縦横無尽に、糸を穴のあいたところに走らせる。 最初は向こう側が透けて見えるけど、構わず縫い続けると、 穴がふさがってくる。 糸で生地を作る、と考えればいいわけです。 10分もすると ま、目を皿のようにして、見ればわかりますよ。 でも、充分でしょう。 ボクのすねをじっと見つめてくれる人なんて・・・ ひつこいちゅうねん。 これで、ボクの「100年に一度の危機」対策の一環が、終了しました。 昔は、このようになんでも直して使い続けましたからね。 裁縫箱の中に入っていた色とりどりの糸、 ボタン箱に残された、大小さまざまなボタン。 すべて、32歳という若さで死んでしまった長姉の形見です。 長姉は、裁縫を仕事にしていました。 長姉は、ボクと6歳離れていました。 そのせいもあり、喧嘩した覚えもなく、とても優しい人でした。 その優しさが故に、長姉、次姉、末弟の中で、一番苦労したのかも知れない、と思うことがあります。 ボクは、敗戦をゼロ歳で迎えました。 長姉は、ちょうど小学校にあがったときです。 つまり、もの心がついて以来、 戦中、戦後の混乱期を目の当たりに見ながら育った人です。 みんな貧乏だったけど、 「お姉さんだから、我慢しなさいね」 妹や弟のために我慢しなければならなかったことが多かったと思います。 ボクは母を17歳の時に亡くしました。 いまでもそのときのことを思い出すと、悲しくなります。 でも、その時も、一番辛かったのは、長姉だったのではないか、思います。 なぜなら、 毎日泣いてばかりいたボクを前にして、 長姉は、泣くこともできなかった。 「お姉さんだから、我慢しなさい」 泣けるときには、思い切り泣くのがいい。 我慢すると、その辛さが澱のように溜まってします。 みんなが寝静まった深夜に、音なき声で泣くしかない。 長姉はそういう人だったのではないか、としきりに想います。 静かな日曜日に、ひとり、チクチクと針と糸を動かし、 お姉ちゃんの道具、借りてるよ、と小声で言いました。 写真の一番右が長姉です。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




