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PTA関係の用務で銀行へ行ったときのことです。
「先生,こんにちは。」
突然声をかけられました。
2つめの学校で,5年,6年と2年間受け持ったC子でした。
C子のクラスは男子7人,女子5人がそれぞれ仲良くまとまっていて,4年生のとき複式を経験していたため,自分たちで学習を進めることになれていました。
C子は算数が苦手でしたが,練習問題がなかなか解けないときなど早く終わった他の女の子たちに教わって,どうにかついてきていました。
このように助け合いながら学習するということは,とくにに私が指示しなくてもできるようになっていたのです。
ところが,卒業して中学校へ行くようになると,状況が一変しました。
ほかの小学校から来た子も一緒になり,人数が増え,これまでと同じ子たちでまとまって何かをするということがなくなったのです。
C子は,おそらく小学校のとき以上に数学に抵抗を感じていたと思いますが,助けてくれる仲間がいなくなってしまったのでしょう。
C子の妹のことで家庭訪問したときにも,妹のことだけでなく,C子のことで相談を受けたことがありました。しかし,声をかけても,C子自身は黙って下を向いているだけでした。
あれから10年は経っていたでしょうか。
あのときのC子からは想像もつかないほどはつらつとして,ちゃんと社会生活を送っていたのです。
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教員時代のエピソード
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道徳の授業は機会をとらえて行うことも必要だということを学んでから,
間もなくのことでした。
学校近くのお店に買い物に行ったとき,こんな話を聞いたのです。
「先生。先生のクラスのB子ちゃんが,この間万引きしたんだよね。」
お店のご主人が私にこの話をしたのは,B子のために上手に指導してほしいという気持ちからだったと思います。
B子は,教室の事務机の上が散らかっているときれいに片付けてくれたりする,とてもよく気がつく子で,担任に気に入られたいという気持ちも強い子だったと思います。
だから,直接指導するよりも,間接的に気付かせる指導のほうが効果的なのではないかと考えました。
道徳の時間,どんな資料を使ったとかいうことはもう忘れてしまいましたが,最後の説話でこんな体験談を話したのを覚えています。
「子どものころ,近所にもんじ焼きのお店があって,ときどき行っていたんだけど,あるときお店のどんぶりを落として割ってしまったことがあったんだよ。そのとき,逃げて家に帰ってしまったんだけど,このままではいけないと思って,すぐに10円玉を持ってお店に行ったんだよね。だけど,さっき逃げて帰ったというのが恥ずかしくて,お店の人と顔を合わせることができなかった。それで,お店に入らず,裏に回って座敷に10円玉を投げ入れてきたんだ。
謝れなかったことは悔やまれるけど,それで少しは気持ちが楽になったのを覚えている。」
この話をしている間,B子は真剣にこちらを見ていました。
しばらくしてお店に行き,
「B子ちゃんは,その後どうですか?」
と,訊いてみました。
「その後はないみたいですよ。」
ということでした。
それから6年後,B子から突然電話が来ました。
「○○高に合格しました。先生にはとてもお世話になりました。」
小学校低中学年で受け持った子が高校受験合格の報告をしてきたのは,この1回だけです。
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今日から,最初に勤めた学校で,2年目と3年目に受け持ったクラスの話になります。
「先生!」
道徳の授業が終わり職員室へ向かっているとき,後ろからちょっと控えめな声で呼び止められました。
振り向くと,B男でした。
B男は,もじもじしながら
「先生。ぼくが教室の花瓶を割りました。」
と,言いました。
「教室に花瓶なんてあったっけ?」
「黒板の横の机の上に牛乳瓶が置いてあって,花がさしてありました。」
「ああ,そういえばあったな。」
「でも,ぼくが片付けました。」
「ああ,ありがとう。」
B男は,少し拍子抜けしたようでもありましたが,ほっとした顔をして戻っていきました。
道徳で,リンカーンが子どものころ正直で誠実であったという話を資料に使って授業をしたあとだったのですが,これがH男にとってジャストタイミングだったようです。
このとき,道徳の授業は機会をとらえて行うことも必要だということを学んだのです。
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これも,教員になって最初に受け持った児童の話です。
「先生。先生は,鉄棒で大車輪できる? 俺のあんちゃんはできるよ。」
と,A男に言われて,
若気の至りとでも言ったらよいのでしょうか。
「できるよ。」
と言ってしまったのです。
しかし,小学校の鉄棒は高鉄棒と呼ばれる高い鉄棒でも腕を伸ばさずにつかまっても足がつくほど低いので,やらされる心配はないだろうとたかをくくっていました。
ところが,郡の陸上記録会の練習をする時期になり,走り幅跳びの練習のために,4年生の児童を使って砂場の砂を掘り返して柔らかくして欲しいと体育主任から頼まれたのです。
嫌な予感が的中しました。
案の定,A男は高鉄棒の下ばかり一生懸命掘り始めました。
「そんなところはいいんだ! 走り幅跳びで着地するところだけやれっ!」
どなっても,A男は全く無視。黙々と高鉄棒の下を掘り続けます。
しばらくすると,
「先生。 鉄棒につかまってみて。」
見ると,腕を伸ばしても足が着かないと,はっきり分かるくらい深く掘れています。
大ピンチだったのですが,うまい言い訳を思いつきました。
「みんなが働いているときに,鉄棒につかまって遊んでいたら示しがつかな くなるんだよ! 早く元に戻せ!」
A男は,これを教師の正論として受け取ってくれたのでしょうか?
しぶしぶ掘った砂を元に戻し始めてくれました。
後日,A男に言われました。
「先生は,ほんとは大車輪ができないんでしょ。」
「………………
子どもにうそをついてはいけないと悟りました。
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あの作文を書いたA子も6年生になりました。
校内持久走大会では,毎年 学年記録を更新してきて,いよいよ小学校生活最後の持久走大会。もちろん今年も新記録を出すと期待されていました。
ところが,トップがゴールしても,A子の姿が見えません。
体調を崩したのか?
いや,体調を崩したのはA子の友達でした。
体調を崩した友達を心配して一緒に走り,最後ににゴールしたのです。
ゴールしたあと担任(体育主任でもありました)から何か言われていましたが,口をとがらせて不満そうな顔をしていました。
A子から,教師を続けていく自信だけでなく,続けていきたいという意欲も与えられていたように思えるのです。
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