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虚淵玄『Fate/Zero』(フェイト・ゼロ)はFateシリーズの一作品。『Fate/stay night』(第五次聖杯戦争)の前の第四次聖杯戦争を描く。『Fate/stay night』以上に暗いトーンであるが、イスカンダルとウェイバーという魅力的なキャラクターも登場する。主人公以上に主人公らしい。ヒロイン以上にヒロインらしい。救いのない展開が多い中で二人のシーンは清涼剤になっている。
ランサーは『Fate/stay night』と同じく、損な役回りである。三騎士の一人なのに可哀想である。本来は剣と槍ならば槍の方が間合いに優位性があるが、セイバーとの戦いでは互角になっている。また、アーチャーは遠距離向きで近接戦闘では劣る筈であるが、反則的な強さである。但し、日本人に馴染みの薄いケルト神話の英雄を知らしめたという功績は大きい。 魔術のある世界であるが、近代兵器で魔術師を出し抜く展開もある。「地球なめんなファンタジー」の要素もある。ファンタジーとリアルのバランスがある。 この作品の恐ろしいところは、最大多数の最大幸福の欺瞞を明らかにしたことである。多数の幸福を選択することで、少数は切り捨てられる。それでも、より多くの幸福を実現したと自己正当化することが一般であるが、次は多数派の中の少数派が切り捨てられ、最後は僅かになる。 これは田中芳樹『銀河英雄伝説』におけるハイドリッヒ・ラングの台詞にある少数による多数支配と通じるものがある。「全体を100として、そのうち51を占めれば、多数による支配を主張できます。ところがその多数派がいくつかのグループに分裂しているとき、51のうち26を占めれば、100という全体を支配できます。つまり、四分の一という少数を占めただけで、多数を支配することが可能となります」 東急不動産だまし売り裁判原告としては、お前一人が我慢すれば世の中は丸く収まるという理屈は許し難い。だから、安直に最大多数の最大幸福に流れない作品が出てくることは喜ばしい。 |
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