鵜丸城
(所在地)島根県大田市温泉津町温泉津 (形状)山城 (別称) ――― (築城者)毛利元就
永禄13年(1570)毛利元就が、出雲の尼子氏を討つ海軍の根拠地として、また
石見銀山で採掘した銀を積み出す港として、内藤内蔵丞らに命じて築城しました。
この城は、温泉津湾に突き出た丘陵にあり、櫛山城と共に、銀を積み出す沖泊港を
守るかのように挟んで建っています。
側には歴史ある温泉津温泉もあり、毛利は長くここを重視しました。
鵜丸城を西側(温泉津温泉の町側)から撮りました。
この城には階段があり、上に登れるみたいですが、城の遺構は、無いらしいので
東側に回り、港を探索しました==33
港に回ってきましたよ〜〜
ここが毛利軍が銀の積み出しに使った港………『沖泊港です』
写真の左側が鵜丸城です〜〜
もちろん今も港として漁船が泊まっています〜
ではもう少し上から見てみましょう♪
鵜丸城を削って出来た道路から撮った写真です
沖泊港を挟んで正面先端にある山が櫛山城です
この二つの城で、港を守っています
港の両岸には、水軍城の遺構として『鼻ぐり岩』があります
かなりの数があります!
鼻ぐり岩』は見て解るように、船を止めて置くロ−プをつなぐ為のものです
やはりこの遺構も漁師さんに使われていました〜〜
次は櫛山城です〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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勉強になりました〜ここから石見銀山の銀を積み出していたのですね。かなり重要な港だったのですね
鼻ぐり岩はとってもよく解ります。漁師さんがいまだに利用しているというのもすごいですね
2009/1/17(土) 午前 8:28
港までは行ったのですが、僕も結局登りませんでした…遺構はないのですかね?
港に車止めたら、どっかのおっさんにスゲー怒られた記憶があります(笑)
それにしても何故二つ城があるんですかねぇ…
2009/1/17(土) 午前 10:03
きいろいとりさん
そうなんですよ〜♪石見銀山の銀は大切な軍資金だったので、銀山から港までのルートはしっかり整備されてたそうです!
城の遺構を使っている漁師さんにはビックリでした!!!
2009/1/18(日) 午前 0:07
竹さん
たしか上に遺構は無いって城郭大系に書いあったと思うんですが、違ってたらすいません〜。
もう1つ城を作ったのは、櫛山城は島だし、古いし毛利の海城としては手狭だったんですかねぇ〜 知りたいですね
2009/1/18(日) 午前 0:29
こんばんは♪
なるほど元就公が石見銀山のために重視して築城した
城なのですね♪ パチッ☆-(^ー'=)bナルホドニャ♪
2個も城があるなんてすごいですね!
やっぱり大事な場所だからでしょうか?
詳しい説明でよくわかりました! <m(_)m> ありがと
ぽち★
2009/7/14(火) 午後 6:29 [ - ]
やまたろうさん こんばんは〜
湾を守るように、左に鵜丸城 右に櫛山城の2城で守ってたんです
じつは、まだの1城載せてないんですが、ここから銀山へのルートに
も銀山城があるんです
この事からも、毛利にとって重要だったんでしょうね
後日 載せますね〜(汗)
2009/7/14(火) 午後 10:59