宮尾城(所在地)広島県廿日市市宮島町 (形状)水軍城 (別称) 宮ノ尾城 (築城者) 毛利元就観光地、厳島の入口にある宮尾城は、弘治元年(1555) 毛利元就が、 陶晴賢2万の大軍を狭い厳島に誘き寄せる為に築いた城です 現在 西側は、埋めててられていますが、当時は城域まで海が迫っていたので 水軍城の性格まで持ち合わせた城でした。 この為、陶軍もなかなか落とす事が出来ず、 同年10月1日、毛利軍の奇襲により、混乱に陥った陶軍は壊滅し 陶晴賢も島の西部へ敗走するものの、なすすべも無く、自刃しました。 【→地図】 今、建物が建ってる辺りまで、海だったそうです。 その後ろが宮尾城になります。 ここは、狭いですが曲輪になっていて、周りよりも高く、主郭跡かも知れません。 正面神社の上後が、休憩所です 狭いですが、なかなか深いです 城郭大系でも曲輪の説明も無いので、詳しく解りませんが 主郭 または、それに順ずる曲輪だったのかも知れませんね。。 これで、この城の散策は終わりです。
時間にしたら、15分位で見終わってしまう小規模な城郭でしたけど、 毛利にとって、ここを守るか落とされるかで、未来が決まってしまう事もあり 士気の点で、陶軍とはぜんぜん違ってた為に、簡単に落城させる事が出来なかったのでしょう その結果が、陶軍2万の猛攻に耐え、そして毛利軍の厳島の戦いでの勝利に繋がったんですね そんな歴史のあるこの舞台に来れて大満足でした^^ |
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2009年11月17日
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