大可島城 (備後)(所在地)広島県福山市鞆町鞆 (形状)水軍城 (別称) 要害 (築城者) 岡部出羽守大可島城は、鞆港の北に突出した標高10mの小さな陸繋島に築かれた城で、 元は、孤立した島でした。 この城が築かれたのは、南北朝動乱期で、康永元年(1342)四国伊予を拠点とする 南朝方と備後一帯に勢力を持つ北朝足利方が燧灘で合戦となり 大可島城にこもる南朝方は全滅するという歴史を持ちます。 その後、戦国時代には村上水軍の一族が大可島城を拠点に、海上交通の要所である 鞆の浦一帯の海上権を握っていました。 慶長年間(1600年頃)鞆城を築いた時、今のように陸続きとなり、 現在ある円福寺が建てられました。 →【地図】 この丘の上にある大きな建物に、「ポニョ」の作者 宮崎駿さんが滞在されたそうです^^ 遺構は、無いそうです>< 弁天島が見えます 桑原氏は、康永元年の戦いで南朝方として討死にした備後の豪族です 今は、陸続きとなっていますが、南北朝時代は島城となってたので この城は、そこそこ堅固だったんでしょう 水軍城として考えても、波もないし、入り組んでる地形から船も隠せたでしょうし、 城の場所としては、最高の立地ですね 現状は、遺構もないし、15分くらいで散策出来てしまう城です ただ境内には、説明板もあるし、お金を入れると音声が流れる箱もあり 城めぐりをするものとしては、うれしい配慮です ただ、小銭が無かったんです><(笑) |
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2009年12月14日
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