鞆城 (備後)(所在地)広島県福山市鞆町後地 (形状) 山城 (別称) ―――― (築城者) 毛利氏鞆城は、福山市鞆町の町並み中央にある独立丘陵を利用した城で、 博物館のある頂上に本丸を置き、二の丸、三の丸と階郭式になっています。 築城は、天正4年(1576)に毛利氏が、将軍足利義昭を鞆に迎えた際に築城しました。 足利義昭は、ここに6年滞在し、鞆幕府とも言われるようになりました。 その後、慶長5年(1600)に、安芸、備後の領主となった福島正則が修築するものの 元和元年(1615)には、一国一城令により廃城となりました。 →【地図】 丘の上の建物がある場所が本丸跡です 一番上の写真で言うと、右側です この石垣は、本丸東南隅の石垣の一部の現存と復元をしたのもです ピンクの○の辺りは現存で、刻印も見られます ここには、歴史民族資料館が建っています かなり広い曲輪です(60×45位)かな〜 ここに説明板がありました ここは、虎口になるのかな!?そこを降りた所です 瀬戸内海が一望出来ます ここに橋が架かっちゃったら、もうこの景色は見れ無いんですね…………。 ここが二の丸になります 本丸同様、広い曲輪になってます(50×40位かな〜) ここに、三の丸の石垣があるんです その他にも、対潮楼の裏側にも、刻印の見られる石垣を発見できました。
初め、こんなにも石垣を期待していなかったんですが さすが近世城郭と思わされずにはいれれない位、石垣を見ることができ、 見進むうちに、どんどん引き込まれちゃいました^^ さすが!!義昭の館を作るだけの町でしたね。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2009年12月15日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]







