弘前城天守 (現存)
(建築者)津軽寧親 (建築完成)1810 (形式)層塔型 (構成)独立式 (層階)三重三階
現在の天守は、寛永4年(1627)に焼失した五重天守の代わりに、
文化7年(1810)に、本丸南東隅にあった三重櫓を改修したものです。
幕府には、「御三階櫓」として届けており、天守と呼ばれるようになったのは
明治以降の事です。
上の写真は、桜の時期の弘前城天守。
下の写真は、紅葉の時期の天守です。
この位置からの写真が有名かな^^
桜と紅葉だと全然違った写真です
ここからは、紅葉の天守の方が綺麗かな♪
この天守に、重厚感が感じられるのは、切妻出窓があるからでしょう!
小さい天守ながら、沢山の矢狭間が複雑さを出していて、いい感じです^^
津軽家の家紋「津軽牡丹」です
寒冷地対策である銅板張りになってます
細かい作業だな〜
瓦は、当たり前、鯱矛まですべて銅板張りになってます
普通の瓦だと、ひびが入ったり、割れちゃったりするらしいです
天守を本丸内部から見た写真です(^^)/
裏側は、窓がたくさん!!
表に窓が無い代わりに、窓をたくさん作って明りを取り入れてます
これも、珍しいなぁ〜〜
屋根の裏側は、すべて素木のままです
天守表と、裏側では天守台の石垣も違ってます
表は、石垣が小粒なので、小さい天守が大きく見えますね^^
裏側は、近世城郭らしく切込みハギの手法です
天守内部、出窓の部分ですね!
木材が新しく感じるな〜
時代が新しいからなのか、補修の手がけっこう入ってるのかな?
一階、石落としと、狭間の写真です
この狭間には、すべて扉が付いてます
これで現存!弘前城の天守の記事は、終わりです
桜の時期の天守と、秋の紅葉の時期の天守はどうでしたか?
外観は、けっこう好きなタイプの天守です
小さいながらに、ギュッ〜と複雑に出来てる天守がカッコ良く見えます
でも中は、展示物が多すぎです。
現存の良さを見たいのに、どこもショ−ケ−スで隠されてて良く見えないです><
でも銅板張りの瓦の工夫など、現存天守ならでは良さが見られて満足出来ますよ(^^)/
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