過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2010年12月14日
全1ページ
[1]
吉良上野介義央【吉良義央】1641〜1703,1,31(旧暦12月14日) 【銅像所在地】 愛知県吉良町・岡山陣屋 吉良上野介義央は、高家旗本吉良義冬の嫡男として、江戸鍛冶橋の吉良邸にて生れました。 その後、石高は低いものの家柄の良さから上杉家の娘・富子を妻とし、後に息子までをも、 跡取りを失った上杉家の当主に置く事に成功し、大大名上杉家と強い結びつきを持ちます。 このように政略結婚、忠臣蔵から良いイメ−ジを持てないかもしれませんが、 その人間性は、地元吉良の民衆からは慕われるお殿様のようでした。 上の写真の馬。なんか殿さまが乗るにはカッコ良くないですよね^^ 義央は領内を巡視する際、赤馬(農耕馬)に乗って民衆と同じ視線で見回ったそうです 民衆に気軽に声を掛けたりしたんではないでしょうか。 また、水害を防ぐため堤防を作った際には、民衆から称賛の意味で、この堤防を黄金堤と 呼ぶようになったそうです このように江戸期の歌舞伎や浄瑠璃の「忠臣蔵」によって一方的に悪者にされた義央にも、 こんな真実があったんです。 ![]() にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ(文字をクリックお願いします) |
全1ページ
[1]







