涌谷城 (陸前)(所在地) 宮城県遠田郡涌谷町涌谷 (形状) 平山城 (別称) 涌谷要害 (築城者) 涌谷氏涌谷城の創建年代は不明ですが、中世大崎氏の支族涌谷氏の居城でした。 しかし豊臣秀吉の小田原参陣の命に従わなかった為、主家大崎氏と共に滅亡します。 その後、天正19年(1591)に伊達政宗の家臣 亘理重宗が入城します。 この亘理氏は後に、伊達氏を名乗る事を許され、涌谷伊達氏として277年間にわたり この地を治め、明治維新を向かえます。 この涌谷城は「伊達騒動」で原田甲斐に斬られた伊達安芸宗重の城としても有名です →【地図】 模擬天守が目に付くけど、その隣の小さい櫓の方が現存櫓で歴史的価値があります〜 涌谷城唯一の現存建築物です^^ この櫓には仙台藩一門の象徴として鯱があげられてます(説明板) って事は、仙台藩では一門じゃないと鯱が上げられないのかな? ホントは、この城には天守は無かったんですけどね ってか、そもそもここは二ノ丸です〜 その階段を登ると本丸です♪ 天守があった場所より高くなってる事を考えると本丸ってことは直ぐ分るけど、 殆どの人は模擬天守の場所が本丸って思っちゃうんでしょうね^^ これで涌谷城の紹介は終わります ここは伊達騒動の中心人物「伊達安芸」の城として有名です 自分は小説「樅の木は残った」を読んでるんで、 どうも伊達騒動の史跡と思い浮かぶのは、原田甲斐の船岡城なんですよね。 是非、皆さんも小説や映画などを見てから、ちょっと離れてるけど 「船岡城」と「涌谷城」をセットで訪問してみるのもいいかもですよ^^ |
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2011年03月31日
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